累計500万部を超える「空想科学読本」シリーズの最新作「空想科学読本I」が24日、KADOKAWAから発売された。マンガやアニメ、ゲームに登場する現象を科学的に解明した26年間、1000以上の題材から自信作を厳選して収録。3カ月連続、全3冊の刊行予定。加筆修正、注釈の拡充など、原稿を真摯に見直す姿勢は今回も変わらない。その執筆方針について、著者の柳田理科雄さんに話を聞いた。
「『ドラゴンボール』のフリーザは戦闘力が53万!いったいどんな強さなのか?」
「『鬼滅の刃』無限列車のシーンに、煉獄さんのすごさを描いた必読場面があった!」
「不思議!にせウルトラマンやにせ仮面ライダーに、劇中の人々はなぜだまされる!?」
ファン心をくすぐる21本のテーマが並ぶ新作。96年、経営する塾の赤字を埋め合わせるため執筆した「空想科学読本」(宝島社)が60万部のベストセラーを記録し、99年には空想科学研究所を設立、塾講師から執筆活動に軸を移した。今回の「空想科学読本Ⅰ」について柳田さんは「これまでの本を知っている人にも、新しい読者にも楽しんでいただけるように作りました。注釈のついた本は何年も出してなかったので、もう思いきり注釈で埋め尽くしました」と手応えを口にした。
特殊な設定の解明を目指した結果、時間を経て結論が変わってしまった題材もある。新シリーズには未収録だが、96年のデビュー作で副題にもなった「ゴジラは生まれた瞬間、即死する!?」がそれだ。
「ゴジラは身長50メートル、体重2万トンです。これを最初、生まれた瞬間に即死する!?と書いたのは、体の密度が大き過ぎるという結論を出したからです。1立方センチメートルあたり77・2グラム、宇宙にありえない密度です。ティラノサウルスの体形を元に計算しました」
しかし、ティラノサウルス(体長12メートル、体重7トン)の「体長」を「身長」に置き換えて導かれた密度は、実態とかけ離れていると批判を受けた。疾走時の姿からティラノサウルスの身長を7メートルで計算し直しても、密度は大きいまま。同様の批判も続いた。
「それで新版を出すときに原点に帰りました。ゴジラ人形を買ってきて水に沈める。そこから体積と重さの関係が分かりますので、巨大化したときの体重と体積等から計算すると、1・6グラム/立方センチメートルになりました。生物の密度が1・0グラム/立方センチメートル(以下の単位省略)ですので、それよりちょっと大きいくらい。ただしこれは全身の平均値で、脂肪だけだと0・8、骨は2・0です。生物は体が大きくなるほど骨が太くなるという法則からすると、ゴジラの身長50メートル、体重2万トンというのはほとんど納得するしかない」
ゴジラの体密度は77・2から1・6に修正され、結論は変わった。同じくデビュー作に登場した「ウルトラマン」の怪獣ゼットンも訂正が重なった題材だ(最新シリーズⅡ巻以降に再録予定)。
「ゼットンが1兆度の火の玉を吐くということに対して『1兆度の温度をつくるメカニズムは現在の宇宙にはない』と書いてあります。ところがブラックホールの周りで、吸い込まれたガスが激しくぶつかり合う時にできる円盤を降着円盤といいまして、この中では1兆度が実現すると1990年に分かっています。本が出たのは96年…僕が知らなかったってことですね。10年くらいのちの新版で修正しています。『1兆度の火の玉を吐くと200光年以内の生物が死滅する』とも書いてありますが、5年ほど前に計算間違いが発覚しました。正しくは402光年でした」
訂正に近いものがある一方、結論は同じにも関わらず、重版の際に細かい数値にこだわった修正も多い。TNT爆弾の熱量を、以前は「1キログラムあたり1000キロカロリー」で計算していたが、その後専門書で「同950キロカロリー」という数値を発見し、以後はそれを反映させた。成人男性・女性の平均身長が変わったときなども新しい数値に変更した。基準値が変わるため、原稿中の全数値が変更された。「テニスの王子様」の波動球を取り上げた際、強力サーブが相手選手を客席に吹き飛ばす破壊力の解明に挑んだものの、打球の角度、打球が当たる体の部位などの検討項目が複数絡まったため、重版ごとに数値の変更が発生し、編集担当を呆れさせた。原稿中の数値の修正に伴い、描き直しを余儀なくされた挿絵もあった。
機会があれば著書を読み返し、外部からの意見も参考にしながら、アップデートを重ねてきた。ミスの訂正を含めて、「新しい数字を見つけたのに、古い数字を使い続けることはどうかと思うんです。例えば橋の設計図だったら、数字が5%間違っていたら、橋が落ちる可能性がある」と、数値や事実に執着した経緯を話す様子は、どこか誇らしげにも見える。その姿勢は、学生時代の挫折に起因するようだ。
「手が届かなかった科学への思いがあるからでしょう。私は科学者になろうとしてなれなかったからこそ、科学にはこだわりたい」
柳田さんは浪人を経て、東京大学理科一類に合格した。5年在籍した後に中退し、塾講師の仕事に進んだ。
「浪人してすぐに偏差値が25くらい上がって、そのまま当たり前のように東大に受かりました。それで自分は頭がいいと思っちゃったのがアウトでした。傲慢になったら、科学の扉は開かないです。一生懸命授業を聴かなくても、後で教科書を読めば分かるはずだと思っていたら、授業が分からなくなりました。せっかく新しい概念や技術を教わっているのに、今分からなくてもそのうち挽回できるという甘い気持ちでいるから、先に進んでいくと、最初に乗り遅れたのでもう全く分からない。そうなると大学に行かなくなりますね。5年間、籍はあったんですけども、学年では2年生までしか進んでいません。僕の人生最大の失敗です」
科学者への夢は挫折した。一方で「空想科学読本」を通して、科学の面白さを伝えるという自分の役割を自覚した。2013年には子ども向けの「ジュニア空想科学読本」(角川つばさ文庫)をスタートさせた。各地での講演、ユーチューブ配信などで科学の面白さを発信。明治大学理工学部の兼任講師も務める。
「少しでも科学が好きな子どもたちが増えてほしい。子どもにとって科学は最初、雰囲気なんですよね。“銀色のジェット機はすごい速度で飛びそう”とか。だから科学を楽しそうに、面白そうに見せてあげる。それが僕の役割だろうと。あと10年、20年、いつまでできるかわかりませんが、やれる間は続けていきたいですね」
話題の映画「シン・ウルトラマン」では、時速1万2000㎞(マッハ9・6)で飛ぶウルトラマンが音速を超えたときに衝撃波による雲(ベイパーコーン)が発生する演出に驚いた。これまで指摘していなかった、科学的な正しさを目の当たりにした感慨をSNSに投稿したところ、著書のファンだったという若い宇宙ロケット開発者からメッセージを寄せられた。還暦を迎えて、子どもたちに科学の道を志すきっかけをつくれたと感じる場面は増えつつある。「一つの失敗で終わりってわけじゃない。あのとき大学の授業についていけていたら今の人生は歩んでないでしょう」と、不思議な思いを抱いている。
数値や事実のほかにも、アップデートを行ってきた。デビュー作では「(ヒーローに対して)キミが来ない方が幸せだ」など、バッサリ斬り捨てる表現が目立つ。「最初は『何が正しいか』を追究するのが主眼で、ついキツい書き方になっていたんですが、それがウケてもいました。今は読者にどう楽しんでもらうか、を大事にしています。質問が届くようになり、こんなにキャラクターや作品を大切に思っているのか、と読者の気持ちを考えるようになったのが大きいですね。僕のキツい言い方も、愛情の裏返しのつもりでしたが」と、時代に応じた変化を受け入れてきた。それは科学に対する姿勢と共通する。
いよいよ始まった新シリーズ「空想科学読本I」。柳田さんは早くも「重版したら直したい所がある」と苦笑を浮かべる。「未完の大作『ベルセルク』。ガッツの『ドラゴンころし』の威力があまりにすごい!」の題材では、作者・三浦建太郎の急逝により未完のまま連載が終了した前提で執筆されているが、新作の発売日と同じ6月24日から、漫画家・森恒二と生前に師事したスタッフにより、連載が再開されている。「未完と言い切っているので、何とか売れて重版してほしい」とはにかんだ柳田さん。ただし、修正箇所がこの1点だけで済むのかは、怪しいような気がする。