戦争映画は不謹慎なのか?奇跡の物語『ラーゲリより愛を込めて』 昭和の思想を覆すような男の涙

伊藤 さとり 伊藤 さとり
「ラーゲリより愛を込めて」のワンシーン=ⓒ2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 ⓒ1989 清水香子
「ラーゲリより愛を込めて」のワンシーン=ⓒ2022映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 ⓒ1989 清水香子

 世界では戦争が起こっているのだから戦争映画は不謹慎。果たしてそうなのでしょうか?確かに戦争を助長するような映画であってはいけないのですが、反戦を訴える映画はいつの時代も必要であり、戦争を止める為にも語り継いでいかねばならない題材です。

 そんな中、公開される『ラーゲリより愛を込めて』では戦闘シーンはほぼ映し出されず、戦争の被害者となってしまった抑留者の人々が、愛する人との再会を夢見て生き抜く姿を捉えた大手メジャー映画にしては珍しい作品でした。

 というのも『永遠の0』『男たちの大和/YAMATO』『連合艦隊司令長官山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』など、零戦や戦艦大和での激戦や最高司令官を描くことが大スクリーンで上映される映画には当たり前だったからでした。

 しかしながら本作も実在した山本幡男さんの実話を映画化したもの。原作はノンフィクション作家辺見じゅん氏による「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」であり、第二次世界大戦終了後にシベリアの強制収容所に不当に抑留されながら、愛する家族が待つ日本に帰れる日を信じ、生きることを諦めなかったひとりの男の奇跡の半生を綴ったものでした。

 彼が映画になるほどの偉業を残したのかといえば、それは手紙ではない形で家族の元へ届いた遺書。そんな隣人だったかもしれない当時の人々の姿から戦争によって引き裂かれた家族の物語を今、映画化すべきだと考えた平野隆・企画プロデューサーによって、監督には『64-ロクヨン-前編/後編』の瀬々敬久監督が選ばれました。

 しかも二宮和也が演じる主人公・山本は、当時の「日本男児たるもの」的な教育に反旗を翻すような思想を持っており、生きることこそ素晴らしく、愛する人への感謝を言葉にする人物としてスクリーンに姿を現します。そこには「男たるもの涙を見せてはならん」といった昭和の思想を覆すような男の涙が何度も登場し、戦争映画ではない、愛に生きた男のヒューマンドラマとして反戦と同調圧力に負けない清さが綴られていました。

 なにより驚かされるのは、中島健人扮する新谷が可愛がっている犬のクロのエピソードが実話であること。その姿は当時の集合写真の中にもしっかり写っており、収容所の人々の心を癒す存在として映画でも描かれています。さらにクロが船で帰国する日本人兵を追って氷海に飛び込んだのも事実というのだから、この映画が、今、公開される意味を実感せずにはいられないのです。

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