ホームレス女性殺人事件を劇映画で描く意味 女性たちの思いも込めた「夜明けまでバス停で」

伊藤 さとり 伊藤 さとり

 コロナ禍で衝撃を受けた事件のひとつに、2020年に渋谷区幡ヶ谷のバス停で起きたホームレス女性殺人事件があります。住居を失った女性が近隣の住人にベンチで撲殺された事件は、他人事には思えない衝撃を多くの人に与えました。

 それは高橋伴明監督も同様で、あくまでも“事件をモチーフに”して社会へ疑問を投げかける映画として製作されたのが、現在公開中の『夜明けまでバス停で』です。物語の主人公は45歳の独身女性・三知子。コロナ禍で突如、パート先の居酒屋を解雇され、新しい働き口も見つからず、やがて家賃も払えない状況に。行き着いた場所はホームレス達が集まる公園、様々な理由で社会からこぼれてしまった人達と出会う中で、やがてバス停で一夜を過ごすようになるのです。

 本作の主演を務めるのは17年ぶりの映画主演となる板谷由夏。高橋伴明監督とは『光の雨』(2001年)で仕事をして以来であり、脚本が出来る前の企画段階ですぐに承諾したそう。そんな映画の脚本を手がけるのは主人公と同じ女性で同世代の脚本家、梶原阿貴。彼女なりの「どうすればあの女性を助けられたのだろうか?」という疑問から生まれたようなフィクションは、映画の為に居酒屋のバイトも経験した板谷由夏をキャスティングしたことにより、一層、身近な恐怖として映画にリアリティを与えました。

 確かにコロナが蔓延したことで女性の失業率が増加した現代。そこにはサービス業で非正規雇用の多くが女性であり、人件費削減の為に最初に犠牲になったというニュースも多く目にしました。しかも映画では、それだけでなく社会における女性の生きづらさを映し出しており、三知子を心配する居酒屋店長・千春(大西礼芳)もまた、本社から配属された大河原(三浦貴大)のセクハラに苦しむ姿が描かれているのです。

 まさに社会におけるヒエラルキーが招いた理不尽に、女性達が喝を入れるようなメッセージ性の強い作品に。個人的にはドキュメンタリーではなく、事件から着想を得て劇映画を製作するならば、「救済方法」を描いてもらった方が表現の自由として意味あるものが生まれる気がしています。その点を踏まえて本作は、劇映画の強みを活かして大胆なまでに生命を滾らせた成功例と言えるのではないでしょうか。

 これぞ、社会と繋がっている日本映画だと実感した後、このような手法の作品が日本でもっと作られたらと願わずにはいられませんでした。

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