世界でもっとも売れたソロアーティストとしてギネス認定を受けたアメリカの象徴的な存在、エルヴィス・プレスリー。
キング・オブ・ロックンロールと言われるエルヴィスの波乱に満ちた半生を圧巻の映像と音楽でダイナミックに綴った本作を手掛けたのは、『ダンシング・ヒーロー』や、レオナルド・ディカプリオの『ロミオ+ジュリエット』、ユアン・マクレガーとニコール・キッドマン共演の『ムーラン・ルージュ』などを生み出した映像の魔術師バズ・ラーマン。彼は今まで煌びやかな世界の光と影を多く描いており、今回の『エルヴィス』(7月1日公開)のようなショービジネスの表と裏に興味を抱くのは必然と言えます。
そんなバズ・ラーマンのお眼鏡に叶ったのは新星オースティン・バトラー。エルヴィス・プレスリー役となれば歌唱力と圧倒的な存在感を放てる俳優でなければならず、彼以外にも『ウエスト・サイド・ストーリー』のアンセル・エルゴート、『セッション』や現在公開中の『トップガン マーヴェリック』でマーヴェリックの亡くなった親友の息子を演じたマイルズ・テラー、更にワン・デレクションのメンバーで現在はソロ活動をする歌手で俳優のハリー・スタイルズなど錚々たる顔ぶれ。
この中で役を勝ち取ったオースティン・バトラーは、タランティーノ映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でマンソン・ファミリーのひとりを演じており、ここまでのビッグバジェットとなる映画では初主演。その為にボーカルトレーニングを受け、更には『ボヘミアン・ラプソディ』でフレディ・マーキュリー役を演じたラミ・マレックに所作を指導したムーブメントコーチ、ポリー・ベネットについてもらうなど役作りに3年を費やしたそう。
その甲斐あり、スクリーンに初めてエルヴィスが姿を現した瞬間に観客は間違いなく惹きつけられてしまうはず。ステージに立つまだ世界に名を知られる前の若き青年は野次に動揺するも、ある瞬間にスイッチが入り、腰と脚を小刻みに動かしながら全身に電流が走ったかのような輝きを放つのだから。まさに劇中の女性たちの、瞬間の波打つ感情が映画を観る私たちにシンクロしていきます。その衝撃は、のちに彼をスターダムに押し上げながら人生を狂わせたマネージャー、コロネル・トム・パーカーの感情も私たちと同じであると映画は語っています。
そんなコロネルを特殊メイクで演じたのはトム・ハンクス。本作が音楽映画であり、人間同士の出会いにより運命が変わることを描いたサスペンスとして楽しめるのは、この名優の存在が有ってこそ。しかもブラックミュージックから多大なる影響受けたエルヴィスが、B・B・キング等と交流を深めながら保守派からの制圧に苦しんでいたことも描かれていきます。
人種差別への批判と表現の自由を訴える『エルヴィス』は、今の時代に作られるべきメッセージが詰まった娯楽の歴史であり、抑圧された心の叫びが人々の心を動かし、カリスマが誕生するという答えを描いたエンターテイメントなのです。