「下ネタ」と聞いてみなさんはどういう印象を抱くだろうか。筆者は下ネタは人と人の壁を取り払うコミュニュケーションの糸口になると思っている。男性同士でのちょっとした下ネタトークで仲間意識が芽生えた、なんてのはよく聞く話だ。
しかし、社会的に立場のある女性やLGBT当事者が言う下ネタに対しては、一部の団体やフェミニストから「品位を下げる」などと指摘されることがある。男性が言う場合に比べて、まだまだ受け入れられていない印象だ。この状況は理解できないわけではないが息苦しくもある。
「LGBT当事者同士が気軽に下ネタを言える会があったらいいな……」
そんな思いから、トランスジェンダー男性で講演活動などをしている藤原直さんと、ストレート(異性愛者)の男性で会社経営者の屋宜さんによって作られた「夜会」という会がある。夜会は開催場所は不定、開催時期も不定期で完全紹介制の集まりだ。
これまで居酒屋の個室、ライブハウス貸切、船上、広めの個人宅などさまざまな場所で開催されているが、会場は季節やおおよその参加者数に合わせ屋宜さんと藤原さんが中心になって考えることが多い。夜会はまずは乾杯を交わすことから始まり、その後、会の規約を周知する。2018年4月に大阪市内で開催された第1回から変わらない規約は以下のようなものだ。
【「夜会」規約】
(目的)
今回のご縁を通じて、今後お互いを支えあえる仲間作りを目的とします。
(参加条件)
・LGBT当事者、またアライ(※)。
・楽しくお酒を飲める方
(ルール)
・相手の事を否定しない
・相手を傷つける発言はNG(もし発言が過ちだと気づいたら謝る)
・会の中での会話やプライバシーは守ること
(※ アライとは、LGBT当事者ではないが理解のある人だと表明する語。)
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このルールが伝えられた後に自己紹介。下ネタを添えて、各々が話し合った後は一旦歓談に入る。
最初の数回は会場モニターなどを用いたレクリエーションなども企画されていたが、どうやら一度たりとも最後まで遂行された事はないのだと言う。歓談が盛り上がりすぎるからだ。
藤原「楽しそうだし、会話を優先した方がいいと判断しました。最近は、普通の飲み会と変わらないかも知れないですね」
参加者で40代女性のレイカさんは
「男性と結婚した過去もありますが、性的指向にずっと違和感があったんです。誰かに相談したいとワラにもすがる気持ちで参加した会があったのですが、そこはゲイの方向けの会だったようで嫌な雰囲気になってしまいました。その後、数年かけて知人のツテでこの会を知りました」と語る。
過去の失敗から、夜会にも最初の数回は「自分がいてもいいのかな?」という不安があったそう。ただ、会の雰囲気は肯定的で次もまた来ようという気持ちになったということだ。
「何度か参加を重ねるうちに、自然体で不安を話せるようになってきたんです。最近少しずつ自分の性について答え合わせも出来てきました」(レイカさん)
何度も参加する中で、自分のセクシュアリティとも向き合えつつあるようだ。
また、レズビアンで特定非営利活動法人カラフルブランケッツで理事長を務める井上ひとみさんは
「『下ネタを言ってもいい?』と聞くことすらセクシュアルハラスメントになる事もあります。なので、下ネタOKの前提がある夜会は気兼ねなく話せて本当に楽しいですね。私はレズビアンなので、他のセクシュアリティの下ネタ事情には詳しくありません。夜会には異性愛を含む様々な性の方が来られるので、多様な下ネタが知的好奇心も満たしてくれますよ(笑)」と語る。
井上さんと“ふうふ”の瓜本淳子さん(同法人副理事長)は、下ネタが得意では無いそう。しかし夜会は下ネタこそ多いが強要は一切なく、暖かい雰囲気のため過ごしやすいそうだ。
井上さんが「文字に出来ないような激しい話をしていても、なぜか健全な雰囲気なんですよね。夜会って不思議ですね」というと淳子さんも横で柔らかく微笑んでいた。
(注釈 : 2人は大阪市同性パートナーシップ宣誓証明制度を利用された初めての“ふうふ”。夫婦の漢字は男女の意味合いがある為、“ふうふ”と記載する)
ストレートの男性で国際物流会社を経営する末継さんは
「今、社会で広がっている“多様性”はとても有意義だけど、少し偽善的にも感じるんです。一方で夜会は社会的意義も多いと思っています。下ネタをきっかけに自分をさらけ出しているこの空間が、真の多様性な気がしてすごく好きです」と語る。
しかし、彼の知人が別地域で夜会のような会を開催してみたが上手くいかなかったそうだ。
「聞いた感じだと、おそらく夜会特有の、さらけ出す勇気を許容してくれる安心感みたいな空気を作るのが難しかったのだと思います。なんというか、親友のような超短距離でズバっと響く感じ」
LGBTか否かを問わず人と人が腹を割って話せる…これができるのはひとえに屋宜さんと藤原さんを中心となって出来た輪の暖かさにゆえだろう。
「下ネタって最高って事です(笑)」と末継さん。
下ネタで一度ハードルが低くなるからか、話題はセクシュアリティや体の悩み、果ては人生相談などの深い話に落ち着く事も多い。かく言う筆者も、夜会を通じて最近人生の大きな悩みを話せる友達が出来た経験を持つ。
「大人になってから友達を作るってとても難しいでしょう。夜会はキッカケは下ネタだが、いい友達がどんどん出来る不思議な会。定期的に開催できて本当に嬉しい」と屋宜さん。
夜会は紹介制の会だが、気になった人はぜひ大阪市内の夜会関係者を探し出して参加してみてほしい。ただ、偽物には気をつけてほしい。筆者が薦める夜会は、あくまで屋宜さんと藤原さんが作った夜会である。
※便宜上、性の自認が一致し、異性を好む人を"ストレート"と表現していますが差別的意図は一切ありません。