ここで出てくるのが「死に損ねの左之助」らしい伝説です。新潟、下関、釜山を経て大陸に渡り馬賊になったというのです。1907年に、生まれ故郷の愛媛県松山に現れ、親戚を訪ねて回り「満州(モンゴル)で馬賊の頭目となった」と言い、満州へ戻っていったという話です。
その後の消息は明らかになっておらず、原田を忍ぶには、永倉新八が、今のJR板橋駅近く建てた近藤勇の墓所・新撰組隊士慰霊碑に名が刻まれているのみです。正面に近藤勇と土方歳三の名が掘られており、原田の名は向かって右側面の最上段右から2番目にあるということで出向きましたが、長年の風雪で削れて読み取ることができませんでした。
ちなみに『るろうに剣心』での相楽も5年かけてアメリカ。ヨーロッパ経由で、モンゴルに渡り馬賊になったとのエピソードが描かれています。まさに、原田の生涯は漫画の登場人物になるほどロマンにあふれていますね。