「最近、物忘れが多なってきてなぁ」。数カ月ぶりに帰省した昨秋、実家近くに住む妹が母の近況を冗談めかして話してくれた。「ボケてきたんちゃう~」と遠慮のない末っ子に、母は笑いながら「やめてぇ」と返す。深刻さはない。実際、母と話していても“違和感”は感じない。ただ、私より頻繁に顔を合わせる家族なら気づくこともあるのだろう。これまでの取材で「認知症と思ったら、早めの受診を」と聞いていたのを思い出す…。
母を、認知症外来に連れて行こう。
厚労省の2022年度調査によると、65歳以上の3.6人に1人が認知症または軽度認知障害を含めた予備軍で、2040年には最大で1200万人規模に達するとされる。母は昭和19年生まれの81歳。“何があってもおかしくない”年齢だ。数年前から膝が弱っていることもあり、認知症と合わせて要支援や要介護の認定についても相談できればありがたい。
しかし、「認知症外来」と言葉では聞いていても、何からどこから手をつけて良いか分からない。
とりあえず、「認知症外来」「物忘れ外来」で近所のクリニックを検索してみた。いくつか候補が挙がる。だが、今度はどこを受診すれば良いのか分からない…。
地域のことは地域に聞くのが一番だ。市役所のホームページを調べ、相談窓口となる「福祉総合支援センター」の名前を見つけた。電話すると、「認知症サポート医」のいる最寄りの施設名を教えてくれた。ただし、かかりつけ医に相談することが先決だという。神戸市の認知症診断助成制度のような受診費用補助は、残念ながら地元にはないとのこと。助成制度の有無は自治体によってさまざまだ。
母には「高血圧の薬をもらっているだけ」というかかりつけ医がいる。認知症外来を訪れたいことを説明し、紹介状を書いてもらう必要があるかもしれないので、母とともに近所の医院へ向かった。
かかりつけ医曰く「あなたのお母さんはしっかりしとるよ」とのこと。少し安心したが、一度詳しく診てもらいたい希望を伝えると、福祉総合支援センターに案内されたクリニックは紹介状なしで診てもらえるという。市外の大学付属病院など大規模な施設で受けたい場合は、紹介状が必要になることもあるそうだ。
薬をもらって会計を済ませた母を見て、受け付けの女性が「お釣りの小銭が少なくなるように、計算して出せるんやから大丈夫ですよ。認知症気味の方は、少ない金額でもバッと1万円札で済ませようとしたりしますから」と教えてくれた。キレイ好きの人が掃除をしなくなったり、料理の得意な人が手を抜くようになったなど、日常の細かなことの変化に認知症の兆しは現れることも教えてくれた。
紹介状も必要ないので、クリニックに直接電話して予約を取ることにした。物忘れ(認知症)外来の受診は週に1回だけ。2カ月先まで予約が埋まっているという。希望日を告げると、家族が必ず付き添うことと、当日は保険証と「お薬手帳」のほかに、家族が気になっている症状を箇条書きで構わないので簡単な書面で提出するよう指示を受けた。たしかに、いざ口頭で説明しようとしても、あれやこれや話が“散らかって”しまいそうなので、あらかじめ書き記しておくことで、医師もこちらも意思疎通しやすくなる。
受診当日。予約時間前に到着したものの、院内は高齢者と付き添いでいっぱいだ。小一時間ほど待って、ようやく受診の運びとなった。
認知症外来は本人だけでなく、家族からの話も重要となる。着替えや入浴など日常生活の項目ごとに支障のあるなしや、母の趣味や食べ物、どんなテレビ番組が好きかなどを「本人には聞かずに」アンケートへ記入し、これを基にした職員と家族だけの面談があった。面談では気になる症状のほか、家族構成などについてもヒアリングを受けた。
母本人は身長体重・血圧を測定し、別室で簡単な認知機能テストを受けた。「今日は何年何月何日か」「今の気持ちなどで簡単な文章を作って」という質問に口頭で答えたり、見本の六角形の図を書き写したりしたそうだ。「全部できたよ」とうれしそうに笑う顔は、ちょっと誇らしげ。受診前は少し不安そうにしていたが、職員の対応が丁寧だったこともあり、すっかり落ち着いた様子だった。
個々の面談やテストを経て医師の問診となった。「問題ないですよ」。テストやヒアリングの内容からも現時点で大きな心配はないとのこと。自分たちも「大丈夫」と思ってはいたが、やはり専門医の言葉は重みが違う。ようやく安心できた心持ちだ。
服用している薬の影響や実家のバリアフリー化について尋ねると、薬は問題なく、バリアフリーについても、「階段や家の中の段差を『ここはこれくらい足を上げて通らないと』と考えて動くことが、頭や身体の機能を使う訓練になります」と教えてくれた。今よりも身体が不自由になり、生活に支障が出てくるようなら検討すべきとのこと。自治体によって金額はさまざまだが、介護認定を受けると改修費用の一部を助成する制度もあるという。
最後に採血とCT撮影で終了。後日来院して結果を聞くことになった。受診費用は3000円ほどだった。
今回、母は自分自身でも「ちょっと物忘れ増えたかな」と心配していたこともあり、受診の勧めに応じてくれた。これが、意固地に「そんなの行きたくない」と拒否されたら、連れて行くのもひと苦労だったろう。
担当医によると、「認知症がある程度進行してから来院される方がほとんど」だという。今後の治療について考え、家族の心構えといった“準備期間”を設けるためにも早期受診は大切だ。「受診を拒まれるときは、かかりつけ医に『一回、診てもらっておいで』と声かけしてもらうことも有効です。家族の言うことは聞かなくても、医者の言うことなら聞くという方はけっこういます。深刻な検査ではなく、しばらく行っていない『健康診断に行こうよ』というような気軽な感じで、不安がらないように誘ってあげてください」とすすめる。
受診したことで、母の現状を正しく把握できた。幸い大したことはなく、安心することもできた。一方で、子として親への意識を考えさせられる機会でもあった。
院内でアンケートを記入していた際、こちらは“半世紀以上も息子をやっている”というのに、「好きな食べ物」や「趣味」など自分の母についてあまりにも知らないことに気づいた。会うたびに体が小さく、髪も白く薄くなっているような気もする。離れて暮らしていると、自分と同じように、親も変わらず元気なままだと思ってしまう。実は、頭のどこかで親が老いていくことを考えないようにしてきたのかな、とも思う。なんだか情けなく、申し訳ない気持ちになってしまった。
孝行したいときに-。
せめて元気なうちに、もう少し帰省して、たまには温泉旅行にでも連れて行ってあげなきゃいけないかな。