先日亡くなった父親の葬儀後、兄から見せられた遺言書には「全財産を同居して面倒を見てくれた長男に相続させる」と書かれていた。これを見た弟は、生前「財産は兄弟で平等に」と語っていた父の言葉とはあまりに違う内容に愕然とする。その後、筆跡鑑定をした結果、その遺言書が偽造されたものであることが判明した。
遺言書の偽造が発覚した場合、その後の相続はどうなるのだろうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞いた。
ー遺言書の無効を主張するためには、どのような手続きが必要ですか
遺言書の無効を主張するためには、法の原則としては家庭裁判所に「遺言無効確認調停」を申立てることとなりますが、調停前置主義の例外として以下に記す訴訟を起こすことから始まることも多いようです。 なお、調停では、調停委員を介して相続人間で話し合いを行い、合意による解決を目指すことになります。
調停での解決が不調に終わった場合など、訴訟を起こす場合には「相続人地位不存在確認」や「遺言無効確認」などを裁判に訴えることになります。この訴訟では、原告側が相続人が偽造にたずさわった証拠や遺言書が無効であることの証拠を提出し、裁判所に判断を仰ぐことになります。今回のケースのように筆跡鑑定の結果が出ているのであれば、それが有力な証拠の一つとなりうるでしょう。
ー遺言書が偽造であると裁判で認められた場合、どのような結果になりますか
裁判で遺言書が偽造であると確定した場合、その遺言書は法的に無効となります。そして、遺言書を偽造した相続人は、民法が定める「相続欠格」に該当し、被相続人の意思に関係なく当然に相続権を失うことになります。
遺言が無効となり、偽造した兄が相続権を失った場合、遺言がない状態に戻るわけですから、残りの相続人で改めて遺産分割協議を行うことになります。なお、相続欠格者(兄)に子がいる場合には代襲相続人として、その子も遺産分割協議に参加します。
ー兄は刑事罰に問われる可能性はありますか
はい、その可能性は十分にあります。遺言書を使用する目的で偽造する行為は、刑法上の「有印私文書偽造罪」、偽造した遺言書を使って不動産の名義変更を行ったり、預貯金を引き出したりした場合には、「偽造私文書行使罪」や「詐欺罪」などがそれぞれ成立する可能性があります。このように、遺言書の偽造は、民事上の責任だけでなく、重い刑事罰を科される可能性のある重大な犯罪行為といえます。
ー親が生前にしておくべき最も有効な対策は何ですか
最も有効な対策は「公正証書遺言」を作成しておくことです。公正証書遺言は、公証人が遺言者の意思を確認しながら証人2名以上の立会のもと作成し、その原本が公証役場に保管されるため、偽造や変造の心配がまずありません。
費用や手間はかかりますが、法律の専門家である公証人が関与することで、法的に有効で、かつ内容が明確な遺言書を作成できるため、相続トラブルを未然に防ぐ上で極めて効果的です。
◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士
長崎県諫早市出身。前職の信託銀行時代に担当した1,000件以上の遺言・相続手続き、ならびに3,000件以上の相談の経験を活かし大阪府茨木市にて開業。北摂パートナーズ行政書士事務所を2022年に開所し、遺言・相続手続きのスペシャリストとして活動中。ペットの相続問題や後進の指導にも力を入れている。