共働きが当たり前となった現代において、同じ会社で働く妻の昇進が決まった時に、夫はそれを素直に祝福できるだろうか。もちろん妻の長年の努力が実を結んだことを誇らしく思うだろう。一方で自身の給料が数年間ほとんど上がっていない現実と向き合い、「それに比べて俺は」と、形容しがたい劣等感に苛まれる夫も少なくないだろう。
その感情は、やがて夫婦関係に陰を落とし、家庭内の空気をぎくしゃくさせる。最悪の場合、離婚という深刻な事態に発展することさえあるのだ。では妻の輝かしい活躍の裏で劣等感を抱く夫が、失いかけた自信を取り戻し再び良好な夫婦関係を築くには、一体どうすればよいのだろうか。夫婦関係修復カウンセリング専門行政書士の木下雅子さんに話を聞いた。
ーなぜ、夫は妻の収入やキャリアに劣等感を抱いてしまうのでしょうか?
夫が妻の成功に対して複雑な感情を抱いてしまう根源には、社会に根深く残る旧態依然とした価値観があります。それは、「夫は妻よりも収入が高く、家庭を主導すべきである」という、もはや時代遅れともいえる常識の亡霊です。
無意識のうちにこの価値観に縛られている人は多いでしょう。たとえ夫婦間では納得していたとしても、親世代や周囲の人間から「奥さんに収入で負けて情けない」といった言葉を投げかけられる可能性はゼロではありません。あるいは、何気ない手続きで世帯主を記入する際に、収入の高い妻の名前を書くことに抵抗を覚えるかもしれません。
ーこの劣等感が、夫婦関係にどのような悪影響を及ぼす可能性がありますか
最初は些細な心の揺らぎであったとしても、劣等感は時間と共に増大し、夫婦関係に深刻な亀裂を生じさせます。当初は「妻の収入が高ければ家計も楽になる」と前向きに捉えられていたとしても、同僚や友人から冗談交じりに「尻に敷かれているな」などと言われ続けると、夫は次第に思い詰めるようになるかもしれません。
劣等感は、夫の言動にトゲを生み、妻への態度を硬化させてしまいます。感謝の言葉は消え、代わりに不機嫌な沈黙や、些細なことへの苛立ちが増えていくでしょう。この劣等感を夫が自力で解消できない限り、夫婦関係の維持は極めて困難となり、最終的には離婚という選択肢もあり得ます。
ー夫には、どのような思考の転換が必要でしょうか
夫が認識すべきなのは、この問題が「妻との優劣」ではなく、あくまで「自分自身の心の問題」「解釈の仕方の問題」であるという点です。
妻を「収入を競う競争相手」ではなく、「共に未来を築くチームメイト」と捉え直し、夫婦というチームの目標を再設定する必要があるでしょう。その観点に立てば、妻の昇進はチームにとって大きな勝利であり、喜ぶべきことなのです。
また、収入以外の部分で、夫として、パートナーとして家庭に貢献できることに目を向けるのも大切です。例えば、家事を積極的に引き受け、妻が仕事に集中できる環境を整える役割に徹するのも一つの方法です。
その際「男が家事をするなんて」と解釈するのではなく「家で、妻のサポートができるのは自分だけ」と考え、妻との快適な生活を目指してください。
ー妻側は、どのように夫にコミュニケーションを取るべきでしょうか
大前提として、妻は決して自身の収入や地位を誇示したり、夫を見下したりするような態度を取ってはなりません。効果的なのは、夫への感謝を具体的に言葉で伝えることです。「あなたの日々のサポートがあるから、私も安心して仕事に打ち込めるのよ」といった言葉は、夫の自尊心を支え、「自分もこの家庭に必要とされている」という実感を与えます。
夫婦は、人生という長い航海を共にする運命共同体です。どちらかが優位に立つのではなく、互いの強みを活かし、弱みを補い合う関係性を育てていくことをおすすめします。
◆木下雅子(きのした・まさこ)行政書士、心理カウンセラー。
大阪府高槻市を拠点に「夫婦関係修復カウンセリング」を主業務として活動。「法」と「心」の両面から、お客様を支えている。