夫から渡される生活費だけではやりくりが厳しいと考えた妻が、夫の財布からお金を抜きとろうとして夫婦げんかに至るケースは少なくない。「黙って金を取るなんて泥棒と同じだ!」と主張する夫と、「家族なんだから問題ないでしょ」と開き直る妻との間には険悪な空気が漂う。
夫婦の一方がもう一方の財産を無断で取った場合、法律的にはどのように扱われるのだろうか。まこと法律事務所の北村真一さんに話を聞いた。
ー夫婦間でも窃盗罪は成立するのですか
結論から言えば、たとえ夫婦間であっても、相手の財産を無断で盗む行為は、刑法第235条に定められる「窃盗罪」に該当します。法律上、夫の財布と妻の財布は別人格の所有物であり、同意なく財産を奪う行為の違法性は、他人との間と何ら変わりません。
ただし、刑法第244条に定められた「親族相盗例」には、配偶者、直系の血族(親子や祖父母と孫)、または同居している親族との間で発生した窃盗罪や詐欺罪、横領罪など一部の財産犯については、その刑が免除されるとされています。
よって、夫婦間で生じるお金の抜き取りは、窃盗罪として成立はするものの、親族相盗例が適用されるため、刑事罰を受けることはない、というのが法的な解釈です。
ー「刑が免除される」とは、「無罪」とは違うのですか
「刑の免除」と「無罪」は、全く異なる概念です。
無罪とは、そもそも犯罪が成立していない、あるいは証拠不十分で犯罪を証明できない場合を指します。一方で、刑の免除は、犯罪は成立しており、行為者が有罪であることは確定しているものの、特別な身分関係に基づき、政策的な判断から刑罰だけを科さないというものです。
つまりこのケースは、「無罪」ではなく、「有罪だが、処罰はされない」というのが正確です。
ー「親族相盗例」が適用されない例外的なケースはありますか
「親族相盗例」が適用されない例外的なケースはあります。
例えば、法律上の婚姻関係にない男女間での窃盗には適用されません。長年連れ添っていても婚姻届を提出していない「事実婚」や「内縁関係」のパートナーの財産を盗んだ場合は、親族相盗例の対象外となり、通常の窃盗罪として処罰される可能性があります。
さらに重要なのは、親族相盗例はあくまで「刑事罰」を免除するだけであり、「民事上」の責任まで免除するものではない、という点です。そのため、被害を受けた夫は、妻に対して盗まれた金銭の返還を求める「損害賠償請求」を民事訴訟で提起することができます。
刑が免除されるからといって、一方の財産を盗んでいると、民事で訴えられかねないので注意が必要です。
●北村真一(きたむら・しんいち)弁護士
大阪府茨木市出身の人気ゆるふわ弁護士。「きたべん」の愛称で親しまれており、恋愛問題からM&Aまで幅広く相談対応が可能。