健康で長生きするために欠かせないのは、毎日の食事からしっかり栄養を摂ることだ。ところが、高齢になると、噛む力や嚥下(えんげ)力、すなわち飲み込む力が弱まり、思うように食べられなくなる人も少なくない。十分な栄養が摂れないと体力が低下し、生活の質にも直結する。その解決策として登場したのが「介護食」だ。安全性と栄養最優先で、これまで見た目や味は“二の次”とされがちだった「介護食」だが、「食べる楽しみ」も大切にした“ミライの介護食”の開発が進んでいる。
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テーブルに並んだステーキやハンバーグ、サバの煮物、タラのムニエルなど豪華な品々。肉料理には焦げめや焼きあとが付き、魚料理には皮や血合いもある。一見すると普通の料理だが、よく見るとぷるんっとした仕上がり。サンプルを一口食べれば、舌や歯ぐきだけで崩せるやわらかさ。そして味は…タラはタラであり、ステーキはステーキの味がする。香りや味はそのままに、食感だけが力いらずのなめらかさだ。
特許製法のデザインを施した介護食を開発したのは、調理済み冷凍食品メーカーの「クックデリ株式会社」。大阪・関西万博で今夏、「ミライの嚥下調整食」と題してイベントにも参加。デモキッチンでのサンプル試食会では、体験者から「しっかり素材の味がしておいしい」と高い評価を得た。
介護現場では、通常の食事を細かく刻む、だしや水分を加える、とろみ剤を足すなどして介護食を作る。安全性は確保されるものの、水分量が増えて味がぼやけたり、量が増えることで食べ残しが多くなってしまう。また、温めるだけで提供できるメーカーの介護食も、単色のゼリーのような見た目で視覚的に食欲は湧きづらく、食事量が減ってしまうといった課題があった。
同社は約5年前から見た目にもこだわった介護食の開発を進めてきた。開発担当の古瀬あずみ主任は「自分たちが作った(介護食の)ステーキとレストランで提供される本物のステーキと並べて見比べたりして研究していました」と試行錯誤の日々を振り返る。現在、約20種類の主菜を開発。今後、量産体制を整えて全国の施設に届ける計画だ。
こうした介護食の進化は、人員や調理技術、設備の問題を抱える介護現場にとっても大きな助けとなる。奈良県で特別養護老人ホームを運営する社会福祉法人「郁慈会」は、3年前まで自法人で調理していたが、「厨房の老朽化や人員の関係」で業務委託に変更。さらに栄養価や提供量などを考え、今年2月から同社の介護食を導入した。まだ、本物そっくりのデザインタイプではない介護食だが、それでも青柳太三施設長は「残飯量が劇的に減少しました。口触りの良さと粘度の安定で、複数の方がミキサー食からソフト食へ食事形態のアップにもつながった」と変化を感じている。
さらに、「自分の手で自分のタイミングで自分の好きなものを自分の口で食べることは、栄養を摂るだけではなく、食べる楽しみやほかの利用者と一緒に食べる『社会参加』の機会でもあります」と口から食事を摂ることの重要性を強調する。一方で、「普段はゼリー状のもので視覚的に何を食べているか分からないことが多い。食事は見た目もとても重要」と“ミライの介護食”のような見た目も本物と変わらない介護食の普及に期待を寄せる。
メーカー側もさらなる進化を目指す。クックデリの開発担当・圓藤里紗主任は「将来的にはウナギやラーメン、すしといった複数の素材が合わさった料理を作りたい。普通食の人と同じものを隣で食べていても分からないくらいのレベルの介護食を」と高い目標を掲げる。
いつか自分自身や家族が介護を受ける立場になったとき、見た目も味も楽しめる食事が当たり前にある─。そんな“ミライ”がすでに動き出している。