ある日、Aさんの母親が入院することになった。理由は持病の悪化だが、これを機に母親は自身の死後のことを考えたのか「財産は兄弟で半分ずつ分けてほしい」「この家は長男に譲りたい」など、財産について話し始める。
これに対してAさんは「本人が元気なうちに、こうした希望を残しておいたほうがいいのでは」と考え、スマートフォンのボイスレコーダーで母親の話を録音することに。しかし、音声を聞き返すうちに「これだけで遺言になるのだろうか」「相続について争いになったとき、本当にこの録音は役に立つのだろうか」と疑問を抱いた。
では実際に、本人の声を録音した音声データは法律上の遺言として認められるのだろうか。弁護士の若井亮さんに話を聞いた。
本人の声を録音しても遺言にはならない
ーICレコーダーやスマートフォンで録音した音声は、法律上の遺言として認められるのでしょうか?
録音した音声だけでは、法律上の遺言として認められません。遺言は、法で定められた方式に従って作成する必要があります。例えば、自筆証書遺言であれば、原則として遺言者本人が全文、日付、氏名を自書し、押印する必要があります。
「本人がそう話していた」ということと「法律上有効な遺言がある」ということは別の問題です。
ーでは、録音データは相続の場面でもまったく役に立たないのでしょうか?
遺言にはなりませんが、本人が生前どのような意思を持っていたのかを示す資料にはなります。
たとえば「自宅は長男に渡したい」と話していた音声が残っていれば、本人の希望を確認する際の確認材料になります。
ただし、録音が残っているからといって、その内容どおりに遺産分割をしなければならないわけではありません。具体的な内容や録音時の状況によっても、証拠としての評価は変わります。
ー相続人同士で意見が対立した場合、録音は証拠としてどの程度考慮されるのでしょうか?
録音があるからといって、必ず本人の希望どおりに相続できるわけではありません。
法律上有効な遺言がない場合、相続人同士で遺産の分け方を話し合うことになります。その際、録音は本人の希望を確認する材料になります。
ただし、その内容だけで相続人の権利や遺産の分け方が決まるわけではありません。録音を含めたさまざまな資料を確認したうえで判断することになります。
ー「本人の意思を残したい」と考えた場合、1番確実な方法は何でしょうか?
法的な効力を持たせたいのであれば、法律上の要件を満たした遺言書を作成することです。遺言書には本人が作成する自筆証書遺言のほか、公証人が遺言者から内容を聞き取り、遺言書を作成する公正証書遺言などもあります。
とくに、特定の相続人に特定の財産を残したい場合には、正式な書面で残しておくことが重要です。
◆若井亮(わかい・りょう) 弁護士
早稲田大学第一文学部を卒業後、慶應義塾大学法科大学院を修了。東京弁護士会所属。脅迫や恐喝、強要、ストーカーなどの不当要求への対応を中心に、男女間のトラブルなど幅広い案件を取り扱う。