管理職のAさんは、かつての「ブラックな働き方」を猛省し、部下には絶対に無理をさせないと心に決めている。ミスをしても優しくフォローし、定時には「早く帰りなさい」と声をかける毎日だった。
しかし、期待の若手Bさんから突然、退職届を出され「このままでは自分がダメになる気がする。もっと責任ある仕事を任せてもらえる会社に行きたい」と言われてしまう。良かれと思って整えたホワイトな環境が、なぜ若手の離職を招くのか。社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに話を聞いた。
ー最近「ホワイトハラスメント」という言葉を耳にしますが、これは法的にどのような扱いになるのでしょうか?
まず大前提として、ホワイトハラスメントはパワハラやセクハラのような「法律違反」や「犯罪」ではありません。
パワハラは人格を否定するような言動で損害を与えるものですが、ホワイトハラスメントは「環境が良すぎて成長できない」という、いわば個人の主観やキャリア観に根ざした造語です。会社がホワイトであること自体は決して悪いことではない、という点を切り離して考える必要があります。
ーなぜ善意の配慮が、部下にとって苦痛になってしまうのでしょうか?
背景には「会社が何でもお膳立てしてくれる」という日本型雇用の意識があるのではないかと考えます。
欧米では自分のキャリアは自分で作り、会社を「利用」してスキルを上げますが、日本では「会社が教育し、成長させてくれる」と期待する傾向が強い。そのため、上司が気を利かせて仕事を制限しすぎると、部下は「自分はこのまま、市場価値のない人間になってしまうのではないか」という生存本能に近い恐怖を感じてしまうのです。
ー成長意欲の高い若手が、過剰に白い職場を怖いと感じる理由はそこにありますか?
半年後、一年後にその会社があるかどうかわからない時代、若手にとってのリスクのひとつは「忙しいこと」ではなく「成長できないこと」です。
「自由意志に任せるよ」という上司の言葉も、裏を返せば「放任」や「無関心」と受け取られかねません。自分の未来を描けないもどかしさを、会社や環境のせいにした結果、それが「ハラスメント」という言葉で表現されているのが実態ではないでしょうか。
ー「加害者になりたくない」と怯える上司は、どう指導すべきでしょうか。
そこが一番のポイントです。「叱る」とは、相手の「行動変容」を求めること。事実に基づき、仕事の進め方や行動に対して改善を促す建設的な行為です。
一方で「詰める(怒る)」とは、自分の感情をぶちまけているだけ。相手の性格や人格を攻撃したり、どうしていいか分からないような無理難題を強いたりすることです。
上司は、自分の怒りをぶつけるのではなく、部下がどう変われば成果が出るのかという「事実」にフォーカスして、粘り強くフィードバックを返す努力を忘れてはいけません。
ーこれからの時代、スマートな上司には何が求められますか?
「何もしない」のが優しさではありません。会社としての方向性と、部下がどうなりたいかという「個人のビジョン」をすり合わせること。そして、そこに向かうために必要な高い壁(責任ある仕事)を適切に与え、時には厳しく、時にはコーチングのように寄り添うことが必要です。
手法論を学ぶ前に、部下が自らの未来を描けるよう「壁打ち相手」になってあげる。そんな意識を持つことが、今の時代には求められています。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ) 社会保険労務士/こころ社労士事務所代表
大阪府茨木市から労使の共存共栄を目指す職場づくりを支援。人材育成・定着のための就業規則整備や評価制度構築、障害者雇用、同一労働同一賃金への対応といった実務支援は、常に現場の視点に立つ。ネットニュース監修や講演にて情報発信を行う一方で、SNSでは「#ラーメン社労士」としても活動し、親しみやすい人柄で信頼を得ている。