激務だった会社を退職することにした20代の男性。彼は残っている有給休暇20日分をすべて消化し、心身をリフレッシュさせてから次の職場へ向かおうと計画していた。しかし、それを上司に伝えると「有給を取りたいなら、退職日を1カ月延ばせ。引き継ぎが終わらないだろう」と拒絶されてしまう。
有給休暇の取得に関して、就業規則の「業務に支障がない範囲とする」という文言を盾にする会社に対し、この男性は泣き寝入りするしかないのだろうか。社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに聞いた。
ー退職が決まっている社員に対し、会社は有給の時期をずらすよう指示できますか?
退職が決まっている場合、会社側が時季変更権を行使して、有給の時期をずらすように指示することは事実上不可能です。
時季変更権とは、あくまで「他の日に有給を振り替える」ための権利です。しかし、退職日が確定している以上、その日を過ぎれば有給を取得できる日は存在しません。
そのため、裁判例でも「退職予定日を超えての時季変更権の行使は認められない」というのが大原則となっています。男性の上司が言った「退職日を延ばせ」という指示も、強制力はありません。
ー引き継ぎが終わっていないという理由は、有給取得を拒否する理由になりますか?
引き継ぎが終わっていないことを理由に有給を拒否することは困難です。
そもそも、特定の社員がいなくなると業務が回らなくなる、いわゆる「属人化」した状態のままにしているのは、組織としての管理責任、つまり会社の責任です。会社は、人がいなくなっても業務が継続できる仕組みを作る義務があるため、引き継ぎ不足を理由に労働者の権利である有給取得を制限することは認められないでしょう。
ー就業規則に「退職時の有給消化は業務に支障がない範囲とする」といった制限規定があった場合は?
労働基準法は会社の就業規則よりも優先されます。そのため、法律で認められた有給休暇の権利を、就業規則で一方的に制限したり、剥奪したりすることはできません。そのような規定があっても、法的効力は極めて限定的です。
ただし、退職時に限っては「有給の買い取り」が認められています。通常、有給の買い取りは原則禁止ですが、退職時に消化しきれない分については、会社と本人が合意すれば買い取りで解決することも可能です。
会社側がどうしても引き継ぎをしてほしいなら、有給を買い取るから数日出勤してくれないか、と交渉する形になります。
ー円満に有給を消化して退職するために、気をつけるべきポイントは?
法的に労働者が強い立場にあるのは間違いありませんが、だからといって「あとは野となれ山となれ」という態度はおすすめしません。自分の仕事を投げ出して辞めるような振る舞いは、ビジネス界での悪評につながりかねません。
円満に有給を紹介するには、まず、早めに退職の意思を伝え、有給を含めたスケジュールを提示しましょう。また、残された時間で、マニュアル作成などできる限りの引き継ぎを自発的に行うことも大切です。
退職の理由について、さまざまなわだかまりがあることも多いですが、「立つ鳥跡を濁さず」という意識を持ち、綺麗に辞めることが、次の職場でのスタートをより良いものにするはずです。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ) 社会保険労務士/こころ社労士事務所代表
大阪府茨木市から労使の共存共栄を目指す職場づくりを支援。人材育成・定着のための就業規則整備や評価制度構築、障害者雇用、同一労働同一賃金への対応といった実務支援は、常に現場の視点に立つ。ネットニュース監修や講演にて情報発信を行う一方で、SNSでは「#ラーメン社労士」としても活動し、親しみやすい人柄で信頼を得ている。