残業続きで疲労困憊の男性会社員が、帰りの電車で運よく座席に座れたものの、すぐに眠りに落ちてしまう。電車がカーブに差し掛かると、身体が傾いてしまい隣の女性の方に頭がもたれかかってしまった。すぐに女性に対して謝ったものの、冷たい視線を向けられてしまう。男性はこの出来事で「もしかして痴漢で訴えられないだろうか」と心配するのだった。
このように故意ではないとはいえ、女性にもたれかかってしまった場合、痴漢などの罪に問われる可能性はあるのだろうか。まこと法律事務所の北村真一さんに話を聞いた。
ー眠っていて隣の女性にもたれかかる行為は、痴漢にあたりますか?
単に眠ってしまい、意図せず隣の女性にもたれかかっただけで痴漢の罪に問われる可能性は極めて低いです。
痴漢行為は、主に各都道府県が定める迷惑防止条例違反、または刑法の不同意わいせつ罪に該当しますが、これらの犯罪が成立するためには、行為者に「わいせつな意図」、つまり「故意」があったことが必要不可欠です。
このケースのように、眠っていて無意識のうちにもたれかかった場合は、この「故意」が認められないため、基本的には犯罪は成立しません。過去の判例でも、不可抗力による接触は故意が認められず、無罪となっています。
ー犯罪が成立するための重要な要素である「故意」は、どのように判断されますか?
「故意」の有無は、捜査機関や裁判所が客観的な状況証拠から総合的に判断します。
例えば、体のどの部分が、どの程度の時間、どのような形で接触したかという「接触の態様」は、重要な判断材料となります。また、満員電車でやむを得ず体が触れてしまったのか、それとも空いている車内で不自然に体を寄せたのかといった「車内の混雑状況」も考慮されるでしょう。
それに加えて、接触直後の「ご本人の言動」も注視されます。誠実に謝罪し、すぐに相手から離れるといった行動をとったかどうかが問われます。もし「目撃者」がいれば、その証言は客観的な状況を裏付けるものとして非常に重要になります。
ー「本当に眠っていたこと」を、客観的に証明することは可能ですか?
「本当に眠っていたこと」を客観的かつ完全に証明することは難しいでしょう。本人の主張以外に、眠っていたことを直接示す証拠はないからです。
ただし、刑事裁判では「推定無罪の原則」が適用されます。これは、被告人側が「眠っていたこと」を証明する必要はなく、検察官側が「故意に痴漢行為を行ったこと」を合理的な疑いを差し挟む余地なく証明できなければ、有罪にはならないという原則です。周囲の目撃者の証言などが、ご自身の主張を裏付ける上で重要になる可能性はあります。
ーもたれかかってしまった側が、その場で誤解を解くためにできる行動は何ですか?
万が一、眠っていて隣の人にもたれかかってしまった場合、パニックにならず冷静に対応することが何よりも重要です。
まず、すぐに体勢を立て直し、相手から離れてください。そして、「すみません、眠ってしまっていて…」と、眠っていたことに対して誠実に謝罪します。「ごめんなさい」だけでは痴漢行為を認めたと誤解されかねないため、理由を具体的に伝えることが大切です。
もし相手から痴漢を疑われた場合は、決して感情的にならず、「いえ、絶対にやっていません。眠っていて、無意識にもたれかかってしまっただけです」と、冷静にはっきりと否定してください。
その場から立ち去ると「逃げた」と見なされ、不利な状況になりかねません。当事者同士で話がこじれそうな場合は、駅員など第三者を交えて話をすることをおすすめします。
●北村真一(きたむら・しんいち)弁護士
大阪府茨木市出身の人気ゆるふわ弁護士。「きたべん」の愛称で親しまれており、恋愛問題からM&Aまで幅広く相談対応が可能。