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オヤジは老害?それとも愛おしい生き物なのか 愛すべき“野球映画”「さよならはスローボールで」

伊藤 さとり 伊藤 さとり

 同世代のやらかしで「老害」と言われ、一括りにされがちなオヤジな方々。近年の急速な時代の変化について行けずに戸惑う中で、定年退職を迎えて更に居場所を失った時、一体、何をすればいいのか。そこに焦点を当てて生まれた映画が、オヤジ達のちっぽけなプライドをかけた最後の草野球を描く「さよならはスローボールで」だ。

 これは街の野球場が学校に建て替えられることになり、最後の試合に挑むオヤジ達それぞれの物語だ。年齢も様々、職業も異なるオヤジ達の週末の唯一の楽しみだった草野球。互いに相手をディスり合いながらビールを片手にゆるく試合をしていた彼らが、もう無くなってしまう野球場で、なんとか最後まで試合をやり遂げようとする様子だけが描かれていく。確かに野球を愛する人々にはこの思いは手に取るように分かるだろう。ただし映画は、試合に挑むオヤジ達だけではなく、試合を欠かさずに観戦していた人やたまたま居合わせた青年達の登場により客観的な視点で状況を見つめられ、本作が「野球映画」ではなく、「人生の居場所の映画」なのだと気付かされていくのだ。

 相手を深く知ろうとせずとも同じ目的だけで繋がっていられる相手。その居心地は失いそうになって初めて気がつくもので、その時間が自分にとっての心の拠り所にもなっていることを浮かび上がらせる。だから本作がどこまでもゆるいルールで、クセが強めな人だろうと揉めずに試合を続行していく展開も、相手との繋がりをそれ以上求めていないと思うと理解出来る。それでも映像から繊細なまでのこだわりが伺えるのが本作の魅力だ。試合に参加しているメンバーは、風貌もバラエティに富んでいるし性格もバラバラだが、この人とこの人は仲がまあまあ良いのだろうと察しが付く細やかなキャラクター設定がなされている。カメラワークや音声も広がりがあり、その場所の匂いまで感じられそうな構図だ。更にラジオから流れる声は「ボストン市庁舎」(2020年)などのドキュメンタリー映画界の巨匠フレデリック・ワイズマンという遊び心もある。それと野球好きなら分かるかもしれないが「フィールド・オブ・ドリームス」(1989年)のような登場の仕方で姿を現す老人を演じているのは、レッドソックスの左腕投手だったビル・リーという心憎いキャスティングだ。

 よくぞこんな人間味溢れる哀愁を帯びたオヤジ達の一日の輝きを描き出したと笑いながら、監督のプロフィールを見て驚いた。これが長編デビューとなるカーソン・ランドは30代。しかもそれまでは批評家や撮影監督を務めていたそうで、だからあのカメラワークなのかと納得しかなかった。映画好きできっと様々な先輩達と交流してきたであろう監督が、人生の先輩達に向けて愛とユーモアを交えて作り上げた映画が、カンヌ国際映画祭の監督週間に出品されるまでになったのだから、頑張るオヤジの姿は滑稽で愛おしいと世界中の人々が思っているのだろう。

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