Aさんが勤める会社では、年に一度社員同士の親睦を深めるための「1泊2日社員旅行」が開催されている。上司からは「原則全員参加だ」と告げられ、不参加の場合には理由書を提出しなければならない。
しかしAさんは、社員旅行に参加するくらいなら趣味や友人との時間に充てたいと考えており全く乗り気ではない。会社の社員旅行への参加は、どこまでが強制でどこからが任意なのだろうか。社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに話を聞いた。
ー会社の社員旅行への参加は、業務命令で強制できますか
原則として、一般的な社員旅行(慰安旅行)は強制できません。
労働契約において、従業員は会社の業務を遂行する義務を負います。しかし社員旅行は多くの場合、従業員の福利厚生や親睦を目的としたものであり、直接的な会社の利益につながる「業務」とは考えづらいです。
そのため、単なる慰安旅行を業務として扱うことは困難であり、参加を強制する「業務命令」としての根拠は乏しいといえます。
ー業務命令と判断される場合はどのような場合ですか
業務命令と判断されるか否かの境界線は、その旅行の「目的」と「必然性」です。旅行の目的が、従業員の職務遂行能力の向上や業務知識の習得にある場合は、宿泊研修となり業務命令として扱われます。
ただし、「その場所に行かなければ、業務上必要な知見を得られない」という必然性があることが条件です。これらの条件を満たせば、通常の宿泊出張と同様に業務として扱われます。
ー「業務」とみなされた場合、その時間は労働時間として扱われますか
社員旅行が「研修旅行」として業務とみなされた場合、それは通常の業務出張と同様の扱いになります。労働時間とは、使用者の指揮命令下にある時間すべてを指します。
研修時間以外であっても、会社の明確な指示(例:夜の懇親会への参加指示)や、移動の制限などにより、従業員の自由な行動が制約される場合は、労働時間とみなされる可能性があります。もし休日に行われた場合は、休日出勤手当や割増賃金が発生します。
ー従業員が参加を拒否した場合、何かしらのペナルティはありますか
慰安旅行であれば業務扱いとはならないため、従業員が不参加であることを理由に、会社が解雇、減給、降格、査定でのマイナス評価などの不利益な処分を下すことは、権利の濫用として違法となる可能性が高いです。
一方、研修旅行の場合は原則として参加を拒否することはできません。合理的な理由なく拒否した従業員に対しては、会社は就業規則に基づき懲戒処分(減給、出勤停止、戒告など)を下すことが可能となります。
ただし、懲戒処分を下す場合であっても、その内容は客観的に見て合理的な理由があり、社会通念上相当と認められるものでなければなりません。
Aさんが「理由書」の提出を求められている状況は、強制参加を前提としています。もしこれが慰安旅行であれば、Aさんが個人的な理由で不参加であっても、それによる不利益な処分は避けるべきです。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ)社会保険労務士/こころ社労士事務所代表
大阪府茨木市から労使の共存共栄を目指す職場づくりを支援。人材育成・定着のための就業規則整備や評価制度構築、障害者雇用、同一労働同一賃金への対応といった実務支援は、常に現場の視点に立つ。ネットニュース監修や講演にて情報発信を行う一方で、SNSでは「#ラーメン社労士」としても活動し、親しみやすい人柄で信頼を得ている。