夫婦水入らずで穏やかな日々を過ごしてきた妻の身に、夫の死後、驚くべき事実が降りかかる。夫が遺した遺言書には、長年の愛人の存在と彼女に財産を遺贈する旨が記されていた。このような不貞な遺言が法的に認められるのか、北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞いた。
ー夫が愛人に財産を遺贈する旨の遺言は、法的に有効ですか
個人には、自分の財産を誰にどのように遺すかを自由に決められる「遺言自由の原則」が認められています。したがって、夫が愛人に財産を遺贈すること自体が、直ちに違法・無効となるわけではありません。
ただし、遺言の内容が「公の秩序又は善良の風俗(公序良俗)」に反すると判断された場合は、民法第90条に抵触するとして無効となる可能性もあります。公序良俗違反を判断する際の主なポイントは、遺贈が、不倫関係を維持・継続するための対価としておこなわれたかどうか(目的の合理性)や、長年連れ添った妻や子の生活基盤が著しく脅かされるかどうか(手段の相当性)をもとに判断されることとなります。
遺言の無効を確認するためには、裁判で遺言が公序良俗に反することを具体的に主張・立証する必要があります。
ー妻にはどのような権利が保障されていますか?
遺言が有効と判断された場合でも、妻であるAさんが遺産を全く受け取れないわけではありません。法律は、配偶者や子など一定の法定相続人に対し、遺言によっても奪うことのできない最低限の遺産の取り分を保障しています。これを「遺留分」と呼びます。
権利を行使するためには、妻が、財産を受け取った愛人に対して「遺留分侵害額請求」を行う必要があります。相続の開始と遺留分を侵害する遺贈があったことを知った時から1年以内に行使しないと、消滅時効が完成してしまいます。また、相続発生後10年を経過すると権利が消滅するので注意が必要です。
ー遺言書の内容に納得がいかない場合、遺産分割協議を行うことはできますか?
裁判では可能と判示されていますが、相続人全員と受遺者(遺言で財産を受け取る人)全員の合意が必要なため、本事案では非常に困難なものと考えます。
遺言によって多額の財産を受け取ることになっている愛人が、自らその権利を放棄して、遺産分割に応じる可能性は低いのではないでしょうか。折衝の余地がゼロではありませんが、この方法で解決を図るのは難しい印象です。
むしろ愛人と妻が顔を合わせただけでも、修羅場になり得る事案です。このような事案は当事者間での解決を目指すにせよ、そうでないにせよ、まずは、専門家へのご相談をおすすめします。
◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士
長崎県諫早市出身。前職の信託銀行時代に担当した1,000件以上の遺言・相続手続き、ならびに3,000件以上の相談の経験を活かし大阪府茨木市にて開業。北摂パートナーズ行政書士事務所を2022年に開所し、遺言・相続手続きのスペシャリストとして活動中。ペットの相続問題や後進の指導にも力を入れている。