マンガ単行本の表紙帯に「読むな」「完成度低い」 異色の装丁決めた編集者「正直、すまんかった…」

山本 鋼平 山本 鋼平
中川学「だめな数学」(リイド社)表紙帯付き
中川学「だめな数学」(リイド社)表紙帯付き

 連載終了後、敦さんは作品の単行本化を半ば諦めていた。「トーチweb」の創刊時に社内の風当たりが強かった当時を「『これは売れないよ』と懸念を示す営業部に、私たち編集部が『何を言ってるんだ、もっとよく読めよ!』とやり合うのが常だった」と述懐した上で、今作については単行本の企画書を出すが、営業部から懸念を示されたら撤退することを決めていたとし「ところが、創刊当初あれだけ厳しかった営業部が何も言ってこない。まあ『くも漫。』の人だし、苦戦はしても大損することはないでしょうと判断しているらしく、私は『何言ってるんだ、もっとよく読めよ!』と、かつてと同じ言葉を逆の意味で訴えることになった」と記している。

 こうして、手応えのない作品の単行本化決定が、今作の装丁、小冊子作成の要因となった。

 敦さんは「この作品を単行本で出したら何が起きるかを考えた。まず、アマゾンのコメントがひどいことになる」と、思いつく限りの罵詈雑言を列挙。そして「売れるとか売れない以前に兄へのネットリンチを阻止せねばならない。そのための宣伝=帯コピーを考えねばならない。単行本の帯というのは『これは素晴らしい内容なので買ってください』と強く・広く主張するものであり、私が今まで担当してきた作品はどれも本当に素晴らしく『一人でも多くの人に読んでほしい』と心の底から思えるものばかりだった。本作はそうではない」と身もふたもない感想を記した。

 帯に噓を書くことを厳しく戒めてきた編集長としての過去を記した上で、「嘘は書けぬ。私も兄も『正直、すまんかった・・・』という気持ちなわけで、それでこういう帯になった。売るための帯ではなく、作者と担当編集者が、来るべきネットリンチに対し心の準備をするための帯である」と理由を明かした。

 釈明にとどまらず、敦さんは「本書を購入してくださった皆さんには、本当に感謝とお詫びの気持ちしかない」と土下座に等しい感謝を記した。

 終盤に今更ながら「本作にも良いところはある。犬とか猫とか、本筋に関係のないところでちょっと出てくる動物たちが無垢な顔をしている。兄の、動物たちへのこのまっすぐで優しい眼差しはいったい何なんだろう。意味がわからない。あと結末がちょっと良い。作者が最後の1ページまで描いてようやく本作の理念を思い出したかのようだ。動物と最後の1ページだけがちょっと良い」とフォローを記す箇所が、一層大きな悲哀を物語った。

 発売から2カ月以上が過ぎた。売れ行きについて、重版はかかっていないが堅調だという。敦さんは「恐れていたネットリンチは起きていません。これはおそらく作品が好意的に受け取ってもらえたからではなく、ネット上で話題にすらなっていないということでしょう。想定していたほどの誹謗中傷がなくてほっとする気持ちと『全然話題にならねえな』という苛立ちと、相反する感情に引き裂かれています」と語った。作家と編集者の〝内なる声〟がここまで表現された漫画単行本は珍しいのではないか。漫画編集者という仕事の奥深さを感じさせた。

 同作品は「トーチweb」に21年11月から23年12月まで連載。「中学3年間の数学をだいたい10ページくらいの漫画で読む。」から改題された。

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