自分には落ち度がないにも関わらず、気まずい思いを余儀なくされる状況に身を置くことがある。「大人研究」のパイオニアとして知られるコラムニストの石原壮一郎氏は、そんな逆境への打開策として、あえて積極的に「謝る」という選択肢を提案した。決して卑屈になるということではなく、「攻めの謝罪」を掲げた石原氏は、「定食屋での注文の順番を巡るカツ丼事件」という具体例を挙げながらその真意を解説した。
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【今回のピンチ】
混んでいる定食屋でカツ丼を注文。運ばれてきたカツ丼に箸を付けたら、隣の席のおじさんが「こっちが先だろ!」と店員さんに怒っている。どうしたものか……。
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自分は何も悪くありません。店員さんがうっかりしてて、先に注文していたおじさんを飛ばしてしまったようです。責められる筋合いは断じてありませんが、微妙に気まずい状況になってしまいました。
ここで大事なのは、せっかくのカツ丼をおいしく食べること。おじさんのお怒りはごもっともですが、このままだと怒りの渦に巻き込まれて味がわからなくなります。
「自分のせいじゃないんだから、気にせず堂々と食べればいいじゃないか」と、迷いなく言える人もいるでしょう。その図太さは素晴らしいですが、多くの人は気にしてしまいます。そして、気にしない人になりたいかといえば、そうでもありません。
アタフタしてしまう人は、どうあがいても堂々と食べられる図太い人にはなれない運命です。なれない側としてのピンチの切り抜け方を模索してみましょう。
すでに箸をつけてしまった以上、そのカツ丼をおじさんに譲るわけにもいきません。お店に返すわけにもいきません。動揺している時は、無理に動揺を押し隠すより、それを素直に表現した方が、緊迫感が薄まります。
箸を止め、丼を両手で持って、戸惑った表情をしながら「えっ、えっと、こ、これはどうすれば……」と呟きます。おそらく店員さんは、「申し訳ありません。そのままお召し上がりください」ぐらいのことは言ってくれるでしょう。おじさんも冷静さを完全に失っていなければ、「いや、気にしないで食べて」ぐらいのことは言ってくれるでしょう。
関係者2人の許可がもらえたら、ずいぶん気が楽になります。仕上げは、おじさんに対するお詫び。「すみません。遠慮なく先にいただきます」と謝ってしまいましょう。
そうすることで、「本来はおじさんのところに行くはずだったカツ丼を食べている」という後ろめたさも、おじさんが心に抱いている「本当は俺のカツ丼だったのに」という恨みも完全に消滅させることができます。
「こっちは悪くないのに、なぜ謝らなきゃいけないんだ!」と思う人もいるでしょう。謝るというのは、相手にひれ伏す行為ではありません。あえて下手に出ることによって、不利な状況をひっくり返す力を持っています。たとえば、どっちもどっちという状況では、先に謝ることで相手より優位に立てます。
そんな「攻めの謝罪」を駆使して、カツ丼をおいしくいただきましょう。降りかかった災難とか人情の機微とか、いろんなものに勝った味がするに違いありません。カツ丼ではなく、どんな丼物だったとしても。