お笑いトリオ・ニュークレープのナターシャ(36)がこのほど、原作・作画を手がけた自身初の漫画単行本「死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない」(KADOKAWA刊)を上梓した。ブレークに届かないまま芸歴を重ねてきた主人公が、駅の線路に転落した人を救助するために“死にかけた”出来事から、改めてお笑いに向き合う物語。「7割くらいは実体験ですよ」と語るセミドキュメンタリー作品を描いた背景、現在の心境を聞いた。
◆7割くらいは実体験
今年2月9日の発売に際して、ナターシャは昨年のM-1グランプリ覇者で、多忙を極めるウエストランドの河本太と酒を酌み交わし、単行本を贈った。「昔からよく飲んでたんですけど、M-1の後では初めて。僕の漫画にあいつがサインをしてくれました。意味分からんですよね」と苦笑した。
2019年に最寄り駅で線路に転落した男性を救助した。翌年にコロナ禍で仕事がなくなり、当時の感情や考えを記録するつもりで漫画を描き始め、ツイッターに投稿した。一定のページ数に達したところで、メディアプラットフォームnoteが初開催した「note創作大賞」に応募。優秀作品賞に輝いた。多くの加筆修正を経て、漫画家デビューを果たした。
ギャラを超える出費で、ライブ後の打ち上げを欠かさない芸人たち。きっかけを生かせなかった無念。バイトに明け暮れる日々。大会に懸ける姿。描かれる芸人の苦しい日常は、生々しい。「楽しそうに漫才をしているコンビを見て嫉妬するところとか、7割くらいは実体験ですよ。基本的に売れない芸人はみんな腐ってますから」。自嘲気味に話した。
大阪出身のナターシャは2005年、28期生として吉本興業の養成所NSCに入った。2008年に「ポラロイドマガジン」のトリオ名で活動を開始。2010年にキングオブコント準決勝進出を果たし、2014年にはテレビ番組「ぐるぐるナインティナイン」の若手登竜門企画「おもしろ荘」で和牛、日本エレキテル連合らを抑えて優勝した。一時解散を経て、翌年からトリオ名を「ニュークレープ」に改め、拠点を東京に移し活動を続けている。
◆和牛、日本エレキテル連合下し「おもしろ荘」優勝
「チャンスをモノにするのは、運だったり、いろんなものが合致して売れるんでしょう。おもしろ荘ではネタはウケたんですけど、トークで準備していた僕の特技が、出番直前に『なし』と言われてしまって、言葉が何も出てこなくなってしまった。相方が率先してボケましたが、全部外して変な空気になって…。優勝したけど、気持ちいいものではなかったですね。東京に出たとき、僕らのことを芸人が知ってくれていた点はありがたかったけれど、気持ちは複雑でした」
そして活動を続けていく中、ウエストランド、錦鯉、ランジャタイ、モグライダーら芸人仲間が売れていった。河本との酒席では「そんな大した話はしてないけれど『おめでとう。やっと優勝したな』とは言いました」と振り返った。
「一緒にやってきた人が売れると、本心から良かったって思います。若い時は『なんでやねん』って悔しさがありましたけど、芸歴10年を超えると辞めていく人が出てきますから。終わりのない持久走を延々走り続けている中で、認め合っている誰かが抜け出したら、うれしいですよ。売れて祝福された方も『じゃあ行ってくるわ』って感じですね」
漫画では、面白いのに売れない芸人が辞めていくシーンが描かれる。尊敬する芸人が辞めたら、と想像してストーリーを考えた。主人公はただ黙って、決断した仲間を見送る。「僕が実際にそんな状況に置かれたら、もったいないと思っても、引き留めはしないです。苦しいのは知っているから」と語った。
若い頃は違った。NSCの1期後輩で、在籍中にR-1の準決勝に進出し、夕凪ロマネコンティを結成した年に「THE MANZAI 2011」の認定漫才師に選ばれた元芸人の山口了さんを「天才でしたね」と思い起こした。その中田さんが2012年に家庭の事情で引退した際を「結果は残すけれど、忙しい感じではなかったですね。僕とは仲が良かった方なので、辞めると挨拶に来たときは、飲みに連れて行きました。普段は酒を飲まない男でしたが、バーでマリブコークを頼んで、意外とチャラい奴やなと思った記憶があります。その時は引き止めたと思います」と振り返った。
◆夢とシビアな視点
現在は芸人の活動以外にも、YouTubeコンテンツのシナリオを書く仕事などで生計を立てる。漫画家デビューを「昔は漫画家になりたかったのでラッキーですよ。漫画家から芸人になる人はいませんが、芸人しながら漫画を描けるのは最高です」と言い「次は短編集を出したいですね。藤本タツキさん、石黒正数さん、九井諒子さんが大好きで、長編より短編を描きたい」と夢を描いた。
芸術系の大学で映像を学んだ経験を持つだけに「コントのような映像をつくりたいし、音楽や絵画やアート全般に興味があります。最終的にはスペインの芸術が好きなので、スペインで個展を開きたいですね」と次々に夢を挙げつつ「でもこの本が出せて、満足してしまっている自分もいるんです。ヤバイですよね」と気を引き締めた。
ただし、夢を無邪気に素晴らしい、などと持ち上げる風潮には異を唱える。「誰でも自分の夢を考え、自分を見つめる時期があると思います。その夢を仕事にできたら羨ましいと思われますが、実際は苦しいことばかりです。それはどんな仕事でも一緒だと思うし、そういう点も描きたかったことの一つです」と続けた。
本を出しても変わらないのは、お笑いの舞台に立ち続けるということ。ナターシャは「経験した人でないと分からないことですが、舞台でウケると本当に気持ちいいんですよ」と語った。くすぶり続ける者に寄り添うように、穏やかな表情を浮かべた。
※いきなり事件が起こる「死にかけた僕はまだ芸人を辞めていない」第1話はコチラ