漫画「ゴールデンカムイ」が大ヒットしている。「週刊ヤングジャンプ」(集英社)での連載を終えた昨年、コミックスの売り上げが9月時点でシリーズ累計2300万部を突破したと報じられた。テレビアニメ化に続き、実写映画化も発表されるなど話題には事欠かない。そのブームの中で注目されているのが同作で描かれたアイヌ民族だ。ジャーナリストの深月ユリア氏が都内にある専門の文化施設を取材し、アイヌ文化について話を聞いた。
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漫画「ゴールデンカムイ」が話題になっている。「ゴールデンカムイ」は北海道・樺太を舞台にしたアイヌ民族が秘蔵していたという金塊をめぐるサバイバルバトル漫画だ。 アイヌの少女がりりしく、誇り高く描かれていて、アイヌ文化に注目が集まっている。
アイヌは日本の先住民で、「アイヌ」とはアイヌ語で「人間」を意味する。筆者の母はポーランド人で、父は日本人だが祖母がアイヌ人の血を受け継いでいる。祖母の遺伝子が濃く出た父は、一般の日本人より毛深く濃い顔立ちをしていた。
子どもの頃にアイヌの先祖の話を聞いた筆者は誇らしげに思って、学校でクラスメイトに「私はアイヌのクォーターなの」と話したが、父からは「ポーランドは言っていいけど、アイヌなんて言ってはいけないよ。アイヌは美男美女が多いけど、差別されてきた。第二次世界大戦前までは『〇人(※差別用語)』と呼ばれてた。文字もないし、熊を拝んでいたからね。だから、アイヌは差別を逃れるために日本人と結婚して『同化』していった(日本政府も推進)」
しかし、毎年、正月に祖母の家に親戚が集まる時、お雑煮にはアイヌ料理によく使われる鮭、イクラが入っていた。祖母がアイヌの話をすることはなかったが、さり気なくアイヌ文化を食卓に取り入れていたのだろう。
筆者はアイヌ文化について、東京都中央区八重洲(※3月8日まで同所、以降は都内の新御徒町に移転予定)にある「アイヌ文化交流センター」を取材した。同センターにはアイヌの工芸品が常時展示されているほか、映像や音声資料も視聴できて、6000冊もの本を備えた閲覧スペースもある。また、定期的にアイヌ文化について学ぶ各種講座や体験学習などの催しも行われる。
同施設の資料や職員の話によると、アイヌ民族は、「口承文芸の口伝・歌・踊りによって文化を伝承していった」という。
アイヌの物語は語り方で「神謡」、「英雄叙事詩」、「散文説話」のジャンルに分けられ、神謡と英雄叙事詩は節をつけてメロディーに乗せて韻文で語られる。神謡は物語に「カムイ」(人間に何らかの役割を及ぼす森羅万象の神々)に関する「サケヘ」(繰返し言葉)を使って演じられる。英雄叙事詩は男性が木の棒の縁をたたきながら拍子をとり、物語の展開に応じて掛け声を掛ける。散文説話にはメロディーがつかず、普通の会話のように語られるという。
また、「アイヌ民族の熊送り」の文化から「アイヌが熊を崇拝していた」という話が有名になったが、実は熊を特別視していたわけではないようだ。熊を重要な「カムイ」で恐れ多い存在だと考えていたが、カムイは「お互いに利益を及ぼしあう対等な関係」だという。そして、さまざまな生き物、自然、事象でアイヌ(人間)にとって重要なものも「カムイ」と呼んでいた。火、水、風、山や川などもカムイである。
そして、動物から肉や毛皮をとる際に、人間は肉体を「土産」としていただくが、魂はカムイの世界にお戻しする、という神聖な行いだと考えられていた。「イオマンテ」という儀式ではクマに限らず、シマフクロウ、キツネなど「動物神」であるカムイの体(遺体)に装飾を施し、「ラマッ(霊魂)」をカムイの世界に送り返す。
アイヌ民族はよく「平和で争いを好まない」民族だと描写されるが、アイヌには「チャランケ」という武力を用いずに議論のシステムがあったそうだ。 チャランケには「相手の話を最後まで聞いてから、論破する」などのルールがあり、ルールを破ると正論でも負けるという。アイヌ社会には中央集権的な強力な指導者はおらず、村単位でのリーダーに求められる資質として「雄弁で、立派な容姿と風格や勇気があり、心身が強い人」があったそうだ。
施設職員によると「アイヌに対して偏見があったから差別が生まれました。虐めにあうアイヌの子どもたちも多かったと聞きます。『ゴールデンカムイ』のうれしいところはアイヌ民族を格好いいイメージで描いてくれているようです。昔に比べたら差別・偏見が少なくなりましたが、まだ完全になくってはいないです。ぜひともアイヌ文化について理解を深めていただけたら幸いです」
平和で森羅万象を尊ぶアイヌ文化から学ぶべきことは多いように思う。