岸田文雄首相が表明した防衛力強化のための増税を懸念する声が高まっている。一方で、昨今のアジア情勢などから、防衛費増額自体にはに理解を示す声が根強くある。こうした状況を背景に、ジャーナリストの深月ユリア氏が、元防衛大臣のスペシャリストである自民党の石破茂衆議院議員を直撃し、日本の防衛問題について話を聞いた。
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政府は防衛力の強化に向け、2023年からの5年間で現行の1・5倍以上となる約43兆円の防衛費を確保し、与党は防衛3文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画)を改訂する方針を閣議決定した。しかし、「防衛費の内訳」の議論が不十分なまま、財源を「増税」とする案に関して国民から反発もあり、財源についての取り決めは先送りされた。さらにに、中国の動向が「戦略的な挑戦」である…と明記されることになり、世界第2位の経済的・軍事的大国である中国の反発を招くという結果になってしまった。日本にとって、このような「反中」外交は防衛・経済的リスクになりえないのか。その問題点が指摘されている防衛3文書改訂について、元防衛大臣の石破茂氏はどう考えるか。
-防衛3文書改訂について。
「周辺環境が悪化していることを受けて、国家戦略を変えるのは当然。ただ、防衛費についても財源を含めた全体像についても、国民的な議論や十分な説明がなかったことで、有権者に安全保障のあるべき姿を問えなかったことは残念です」
-財源に関してはどうすべきか。
「財源論に関して、『国債か、増税か』との二極論に分かれてしまっていますが、本来は基幹三税で賄うべきものです。基幹三税のうち、消費税はその使途が社会保障目的に限定されており、逆進性も強く持つことから除外するとなると、残りは所得税か法人税ということになります。安全保障は国家の根幹であり、これを安易に国債で賄うことは、国民の安全保障に対する意識を弛緩させることにつながりかねません。ドイツも増額分は国債で賄っている、と言いますが、財政事情は日本よりはるかに健全で、基金を造成する方法も安易な国債論とは異なります。人口の激減が現実となっている我が国において、安易な国債発行は、次の世代からの搾取を意味します。赤字国債発行の原則禁止を定めた財政法第4条が、戦時国債を乱発し国民に塗炭の苦しみを強いた先の大戦の反省から生まれたことも、今一度想起すべきです」
-中国のような経済的・軍事的な大国を「戦略的挑戦」であると明記することに関して、日本の外交・防衛にとってデメリットでは。
「中国の動向が我々にとっても国際社会にとっても『戦略的な挑戦』と映っていることは事実ですが、それを明記したからといって中国がやめるわけではないでしょう。中国共産党政権が最も重視するのは、『共産党一等独裁体制の継続』、次に『領域の保全』と『国民の満足』です。他国に侵略するには、防衛するより5倍の軍隊が必要だといわれており、ウクライナに侵攻しているロシアも苦戦しています。中国は基本的には現実的・合理的な国ですので、台湾に侵略するより世界で経済大国として覇権を握る方がメリットがあると考えるのが普通です。台湾も国連には加盟していませんが、現状変更する、つまり『独立宣言』するメリットはゼロどころかマイナスです。それをしたら中国の武力侵攻に名分を与えることを、台湾も十二分に承知しています。ただ、史上初の(総書記)3期目を迎える習近平氏が現実的、合理的な判断をし続けるのか。その不透明さが“戦略的な挑戦”と映っているということを、岸田総理にはぜひ習近平氏と会談して直接伝えていただきたいと思います」
-戦争を知らない世代の中には「中国は敵だ!やっつけろ!」みたいな考えを持つ人が増えているように感じていますが、このままでは日本の未来が不安です。
「田中角栄元首相の言葉に『戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない』、『戦争を知らない世代が政治の中枢になった時はとても危ない』というものがあります」
今回の防衛3文書改訂は「米国に忖度した」という説も一部でささやかれているが、中国を仮想敵とみなす以前に、まず独立国として地に足をつけて国民を保護できる体制を整備することが必要ではないだろうか。