わが家の菩提(ぼだい)寺である成就院蛸薬師がこの近辺にあり、何度もこの前を通ったことがある。今回、改めて訪れたが、来世で権八、小紫は再び巡り合うことができたのだろうか―と思った。
この追い心中事件が、新たな悲劇を生んだ。店に戻らない小紫を心配した下働きの女の子がいた。おかっぱ頭のような髪型で、かむろと呼ばれていた。探しに出たかむろは目黒へ出向き、その死を知ったという。泣きながら帰り道すがら、今度はかむろ本人が悲劇に見舞われる。突然、地元の荒くれ者に襲われてしまう。結局、逃げ切れないと悟ったかむろは、付近の池に身を投げ自ら命を絶った。この様子をみていた付近の村人が哀れに思い「かむろ塚」を建てたという。それがかむろ坂の由来となっている。
桜吹雪が舞うこの地に、今も二つの悲劇を時代と同じ風が吹いているのだろうか。かむろ坂を上りながら、そんな気持ちにフッとなった。