日常を舞台にした幻想的な作風で知られる漫画家まどの一哉氏が今月、掌編選集「夜の集い」(セミ書房)を自費出版で発表した。デビューを果たした「ガロ」から近年の「アックス」「架空」まで、「ロマンガロン」「脳のない男」など過去の単行本には未収録の、1977年から2015年に発表された6ページ前後の作品が並んだ。その中には、昨年の東京五輪開幕直前、大騒動の原因となったミュージシャン小山田圭吾氏の〝いじめ自慢〟記事とともに、「Quick Japan」 (クイック・ジャパン=QJ)誌に掲載されたものもあった。
東京五輪開幕直前の昨年7月、開会式の作曲担当だった小山田氏は猛批判にさらされ辞任を余儀なくされた。原因はQJ誌の1995年8月発売号の記事で、自慢とも受け取れる学生時代の露悪的ないじめエピソードが問題視された。当該記事ラストページの対向面に、まどの氏の作品があった。
昨年夏の報道ではニュース映像や記事写真で自身の作品が時折垣間見えたという。「なんとなく仲間みたいに思われたら嫌だなと感じましたが、それほど深刻に心配したわけではないです」と、ぼんやりとした不安がよぎった。QJ誌では1997年まで作品を発表。当時のオウム真理教事件と重なるような、カルト的な宗教を題材とした作品が多い。また、ガロ時代から約10年ぶりの作品発表でもあった。
「ブランクの間は仕事や生活を営むことで精一杯な状態です。『ガロ』発表当時の私の作品は社会からの離脱と妄想で描かれており、けっして健康な精神状態ではありません。やはり創作よりも心の健康と社会復帰が人生の優先課題であり、遅れをとったが早く同世代に追いついて仕事と青春をまっとうすることを目指しました。漫画から離れていたのは病的な精神状態に戻りたくなかったからです。30代後半から少しずつ精神的にも余裕が出てきて、試しに描いてみてストックしていたのが『神の護り』『地面』などの作品です。『Quick Japan』創刊時に赤田編集長から連絡をいただいて、初めてお会いした時にお見せしたところ掲載となった次第です。そのあとはわたしが勝手に毎号描きました」
QJ誌に掲載された作品は、当時の世相を反映させたわけではなかった。「連作はカルトな宗教へのぼんやりした関心から描かれており、偶然にもオウム真理教事件と並行しています。オウムに関しては全然知りませんでしたが、編集長とだんだん世の中がわたしの漫画みたいになってきたなどと話していました。オウム事件以降はカルト宗教をテーマにした作品も世間に増えてきて、わたしは手を引きました」と振り返った。
現在65歳のまどの氏は30年以上、グラフィックデザインで生計を立てている。紙の本での発表にこだわった理由を「仕事上DTPを黎明時より経験していますが、データというものをあまり信用しておりません。例えばOSやアプリのバージョンが上がっただけで開けなくなってしまいます。古いメディアに保存しておいたオリジナル原稿も同じです。データというのは情報であって、絵にしても本にしてもモニターで見ると存在しているように見えますが、実は機械の中に機械が読める言語の羅列があるだけであり、この世の中には存在しておりません。わたしはそれが満足できなくて、オリジナルにしても作品集にしても、物質があって初めて存在すると思っています。この存在感を手放したくないんです。自分の活動の区切りとして作品集を出す場合、やはり物質としてこの世界に残してこそ、やった感が得られると思っています」と語った。
「夜の集い」は自費出版書を扱う書店で販売、もしくはpixiv BOOTHで通信販売が行われている。