江戸時代、今でいう半グレ集団をたたきのめした男装の女性剣士がいた。その名は佐々木累(ささき・るい)という。私が会ってみたかったひとりである。
江戸時代前期、旗本の青年武士やその師弟、奉公人で形成された傾奇(かぶき)者の集団・旗本奴(やっこ)が町中を闊歩(かっぽ)していた。傾奇者といえば、人気漫画『花の慶次』の主人公で義に生きた戦国時代の武将・前田慶次が有名だが、旗本奴の単なる無法者の集団だ。大仰な髪形、ビロード襟のはでな着物で町を練り歩き、ばくち、けんか、つじ斬りやゆすり、たかりなどの悪の限りを尽くしという。非合法組織とはいえ、身分が高い者も多く、白柄組や大小神祇(じんぎ)組などが代表的なグループだった。
その半グレ集団に敢然と立ち向かった「異装、異風」の女性剣士が累だった。1994年11月に朝日新聞社が発行した『朝日日本歴史人物辞典』によると生年月日、没年月日ともに不詳だが、父は下総国古河藩主・土井勝利に仕える剣術家佐々木武太夫で、累は一刀流や関口新心流を伝授されたという。
彼女には男兄弟がいなかった。この時代のならいとして男の跡継ぎがいない佐々木家は、武太夫が病死すると家名断絶となった。並の女性なら途方に暮れるはずだが累は違っていた。江戸浅草聖天町に家を借りて剣術道場を開き、武術指南を始めたというのだ。
江戸時代、女性の武芸指南役である「別式」と呼称された女性を置く藩もあった。彼女たちは大小を差すなど勇ましい格好をしていたという。累も黒ちりめんの羽織に、佐々木家の家紋である「四つ目結」の紋付きを着て、やはり大小を差していたと伝わっている。時代小説の大家・池波正太郎が書いた人気シリーズ『剣客商売』に登場する、老中・田沼意次の娘・佐々木三冬のモチーフが累だといわれている。
この時代、江戸市中をそのような服装で歩く女性は皆無だったのだろう。しかも、乱暴狼藉を働く半グレ集団・旗本奴と堂々と渡り合ったというのだから評判にならないはずがない。北町奉行所に呼び出され、奉行からその服装などの注意を受けたこともあったという。