単行本発行巻数世界一の「ゴルゴ13」を生んだ漫画家さいとう・たかを氏が9月24日に膵臓がんのため84歳で亡くなり、29日に発表された。3年前の9月、連載50周年記念展「さいとう・たかを ゴルゴ13 用件を聞こうか……」(川崎市市民ミュージアム)で同氏を取材した際、想定外だった「ゴルゴ13における女性観」という作者の視点に心動かされたことを覚えている。
「ゴルゴ13」といえば、ハードボイルドな「男の美学」が詰まった作品というイメージがある。だが、さいとう氏は「男なんて『ついで』ですから」というキーワードと共に自身の女性観を語った。
「間違いなく女性は人間としての生命の根源ですから。本質的に女性は男の上にいるという意識がある。男なんて『ついで』ですから(笑)。自分の母親が亡くなったのは私が18歳の時でしたけど、母(なる存在)はすごい生命だと。だから、ずっと女性は尊敬しております」
その象徴的な人物が「ゴルゴ13」に登場する。1974年2月発売の「ビッグコミック」に掲載された第81話「海へ向かうエバ」の主役となるエバ・クルーグマンだ。凶器は針。すれ違いざまにターゲットの急所をひと刺しして絶命させ、雑踏の中に消えていく。ところが、非情な女性スナイパーはゴルゴとの出会いによって人間性を取り戻し、冷徹な表情が少女のように変わっていく様が描かれる。
だが、感情を持った殺し屋を待つのは終幕(死)だっだ。ラスト近く、エバが自身の武器である針を仕込んだペンダントを排水溝に捨てるシーンには一切のセリフがない。ゴルゴの気配を感じながら、覚悟を固めたエバは無言で死を待つ。愛した相手に額を撃ち抜かれる最期の場面を、さいとう氏は静ひつなタッチで描き上げた。
「エバですけど、あれはね、私がつたないながらも、ドラマもこしらえたんですよ。台本が遅れましてね。間に合わないということで、自分で考えなきゃならなくなった。それならば、男と女の話を書くのが一番簡単だと思った。私はおセンチ人間。おセンチなものを描くのが好きで、その部分で描いた」
こうして、第81話は「女性にささげられた作品」となった。「男は仕事。仕事が男。でも、全てのことは女の方がまさっています」。その原点は同氏が指摘した「母」となるが、ゴルゴの母を描くことはなかった。さいとう氏は「彼に母のイメージは全くない。というよりも、私は彼を人間だと思っていませんから、父のことも母のことも考えないようにしている」と打ち明けた。
さいとう氏は「ゴルゴの設定年齢は連載開始当初32歳。私の1つ上だった」と同世代にしたことを明かしつつ、「その私も80代。もう(ゴルゴの)年齢は完全に〝ほっかむり〟(放置)ですね」と笑った。永遠に加齢しないゴルゴ。仕事以外では女性にかなわない、時代を超えた普遍的な男性の弱さを、年を取らないことの代償として、ずっと背負い続ける存在であったのかもしれない。
「子どものころから、私ははぐれ者で、世の常識に付いていけなかった。そして、ゴルゴは蟻1匹の命も人間1人の命も比重は同じという、非常識な人間。自分の中にある観念で生きている。私みたいな人間も、それでなんとか生きてこられた」。さいとう氏は、自身を生かしてくれた創作活動に感謝していた。ゴルゴ13は分身だった。
同作の連載はスタッフと編集部が協力し、今後も継続予定という。第81話のように女性をメインの題材とした回は一部ではあるが、作者の女性観は全ての作品に通底し、たとえ男だけの世界を描いていたとしても、その行間に染みこんでいる。こうした視点も継承されていくか、今後の展開に注目したい。