今年3月15日、アニメーターの大塚康生が89歳で亡くなった。メディアで、それほど大きく取り上げられた印象はなかったが、大塚康生は日本アニメーションにおいて大きな功績を残した人物として記憶されるべきである。
監督作品は中編アニメ『草原の子テングリ』(77年)のわずか1本。しかし、日本アニメの創世期から主に「原画」や「作画監督」として関わっており、高畑勲の先輩、宮崎駿の師匠的立場としてともに多くの名作を作り上げてきた。その代表的な作品となると『太陽の王子ホルスの大冒険』(68年)『未来少年コナン』(78年)『ルパン三世 カリオストロの城』(79年)『じゃりン子チエ』(81年)などが挙げられるだろう。
大塚は「キャラクターを動かすことによって、キメの細かい演技をさせるのがアニメーション」という視点を持っている。映画や演劇ならば役者に演技をさせるというのは当然のことだが、役者が存在せず作画によってアニメのキャラクターに演技をさせるというのはどういうことだろうか?
大塚は最初のアニメへの関わりである日本動画映画株式会社(日動)の入社テストで、既に演技を意識した作画を行ったという。そのテストとは「ひとりの少年が杭に向かって大きなハンマーを構えている」という絵を1枚渡され、ハンマーを打ち下ろすまでを5~6枚の絵で表現するというものであった。
打ち下ろすまでの動きを均等に割って作画するだけなら絵に慣れた者なら簡単だろう。大塚は「ハンマーは重いだろうから1歩踏み出す」「重さのために後ろへよろけるかもしれない」「のめるように前に出てやっとの思いで打ち下ろす」「杭は地面までもぐり込む」を意識し、立ち上がって自分でその恰好を試しながら描き上げたという。
ハンマーを振り下ろす単純なアニメーションではあるが、そこまで意識することによってリアリティが生まれ、キャラクターに躍動感が宿る。これが「キャラクターの演技」である。この演技によって大塚康生の動かすキャラクターたちは生き生きと画面上を動き回ることになるのだ。
宮崎駿が監督をつとめたテレビアニメ『未来少年コナン』はまさにそんなキャラクターの演技が隅々にまで生かされた名作である。大塚が主に作画を担当した脇役のジムシーとダイスは、大塚自身が夢中になって遊んだと自著で述べている。ふたりのコミカルな動きは『ルパン三世 カリオストロの城』におけるルパンと次元の動きへ、そのまま踏襲されている。
また、動き回るだけが演技ではない。高畑、宮崎、大塚が揃った『ルパン三世(テレビ第1シリーズ)』の11話「7番目の橋が落ちるとき」では、手錠をかけられたルパンが口で拳銃の撃鉄を引き狙いを定めるシーンで、実にクールな表情を見せてくれる。あえて無音にして場面効果を高め、ヨーロッパ映画のような雰囲気を漂わせた。ここでのルパンはアニメのキャラクターを超えて、演技者として見ることができる名場面といえよう。
大塚が描くダイナミックな動きは「大塚アクション」と呼ばれ、日本のアニメーション演出に大きな影響を残した。それはただ実写をトレースしたようなリアルな動きというものとは異なり、アニメならではの動きと演技である。日本のアニメが独自性をもって世界中から注目されるようになったひとつの要因であるように思う。
アニメ作品を鑑賞する際、そんなキャラクターの演技に注目してみるとまた新たな魅力を発見することができるだろう。