大きな罵声が、耳に飛び込んできた。
「こんな偽物でだませると思ったのか!」
夫の磐井秀昭が、店先で誰かを怒鳴っている…。妻の多恵がそう思った途端、大きな物音と「ぎゃっ」と叫ぶ声がした。
あわてて家の奥から店に出る。多恵は絶句した。夫が頭を血に染め、倒れていた…。
◇ ◇
現場の古書店についた加茂警部は、店先に陳列された古い手紙を眺めて言った。
「作家直筆の手紙か…高い値だな」
「本物ですからね」と、根木刑事。
「店主の磐井秀昭は、偽物を売り込みに来た客に居直られ、襲われてます。まだ意識不 明の重体です」
「ひどいね。奥さんの話を聞いてみようか」
◆磐井多恵の証言「今日、二人の売り込み客が来ると夫は言ってました。どちらも売り物は、昭和初期の詩人『橋場やよい』が身内に出した直筆の葉書で、貴重な品だとか…」
そこへ、根木刑事から報告が入った。
「売り込み客の葉書が二枚ともありました。犯人はあわてて置いて逃げたようです。店主の手帳から、持ち込み客の二人の名前と持ち込んだ葉書の文面が照合できます」
◆藤守晋也の持ち込んだ葉書
橋場すず 様
女学校に入られたのですね。サボったりせず、勉学に励んでくださいね。
昭和八年四月 橋場やよい
◆町本里志の持ち込んだ葉書
橋場耕助 様
陸軍中佐にご昇進おめでとうございます。また第一次世界大戦のお話など、お聞かせくださいね。
昭和十一年一月 橋場やよい
文面を読んだ加茂警部が、店先にある辞書を手にしてめくり始めた。
「何をしてるんです?」
「調べ物だが…まあ、記憶通りだな…偽物の手紙を持ち込み、店主を襲った男が分かったよ」
さて、警部が推理する犯人は?