美人書道家・原愛梨 デビューのきっかけは銀行員時代の「始末書」だった

福島 大輔 福島 大輔
作品の前で笑顔を見せる原愛梨(撮影・開出牧)
作品の前で笑顔を見せる原愛梨(撮影・開出牧)

 書道と絵画をミックスさせた「書道アーティスト」として人気急上昇中のタレント・原愛梨(28)。このほど、新型コロナウイルス感染拡大の影響に苦しむ世の中へ向けた作品「夜はあやかし」を書き上げた。8歳の時、史上最年少で文部科学大臣賞を受賞した“天才少女”にして、大学卒業後は銀行員を経験。そんな原が再び書の道に専念したのは、驚きの出来事がきっかけだった。

 地元の福岡教育大で書道を専攻した原は、卒業後に福岡銀行に就職。「書道家になりたいとは思ってたんですけど、いざなろうとしたら『就職しなさいよ』と親に言われて…。もともと母も姉も銀行で働いていたので、その流れで『銀行で働くか』と」と経緯を語った。

 入社後は「最初は出納、窓口はちょろっとだけやって、あとは宛名書き」という毎日。「あまり仕事ができないので『爆弾』て言われてました。毎日とんでもないことをしでかしてて…。しょっちゅうお釣りを返し忘れて、外まで車を追いかけていったり、銀行員にとって大事な、お金を引き落とせるカードがあるんですけど、それをシュレッダーにかけちゃって、みんなで2日間かけて貼り合わせるとか…」と、同行の歴史に残る“トラブルメーカー”だったことを明かした。

 ところが、そのトラブルメーカーぶりが、原の人生を変える。「銀行の中で『爆弾をどうしよう』という会議があって…。しょっちゅう始末書を書いてたんですけど、『この子は始末書の字がきれい』って評判になって、そこから宛名書きが仕事になりました」。通常、銀行から送られる郵便の宛名は印刷であることがほとんどだが、「私の使い道がそれしかなかったんです。でもみなさんに喜ばれて、意外と成績も伸びたり…」。改めて書の力に自信を深め、約1年で銀行を退社し、書道家として再出発した。

 若者に書道の魅力を広めたいという思いから、発信力を高めるため、タレントとして活動することを選択。芸能事務所「ツインプラネット」の福岡オフィスに自ら売り込んで所属となり、2年ほど前に上京した。

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