趣味や友人との旅行を満喫し、自由な独身生活を謳歌していた女性のAさん。実家では長男の弟が年老いた両親の面倒を見ており、長女のAさんは時折、顔を出す程度だった。そんなある日、父親が亡くなったとの連絡を受けてAさんは久々に実家へと向かう。そこで聞かされたのは「私の財産は、すべて長男に相続させる」という父親の遺言だった。
「なぜ?」という疑問を感じつつ、これまでの行動を悔やむAさん。果たして、彼女は遺産を手にできないのだろうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞いた。
ー特定の子に全財産を相続させるという遺言は法的に有効ですか?
法的に有効です。被相続人は、自身の財産を誰にどのくらい分け与えるかを自由に決めることができるのが原則です。「長男に全財産を相続させる」と記された遺言書は、形式的な不備がない限り、その内容通りに効力が生じます。
ー「遺留分」を請求する権利はありますか
たとえ遺言で相続分がないとされても、「遺留分」という権利が法律によって保障されています。遺留分とは、兄弟姉妹を除く法定相続人(配偶者、子、親など)に認められた近親者の生活保障を目的とする、最低限の遺産の取り分のことです。
父が遺言で全財産を弟に相続させたとしても、長女であるA子さんは法定相続人として遺留分を請求する権利を持っています。この請求する権利は「遺留分侵害額請求」と呼ばれ、相続の開始と遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年以内であれば、遺留分侵害者に直接金銭債権として請求することが可能です。なお、この期間にかかわらず、相続発生から10年を経過すると遺留分侵害額請求権は消滅します。
ー生前の親への態度によって遺留分の請求で不利になることはありますか
よほどのことが無い限り、遺留分の請求で不利になることはないでしょう。たとえば、被相続人を殺害したり、遺言書を偽造したりするなど、法律で定められた一定の欠格事由に該当すると、当然に相続権を失うこととされています(相続欠格)。
被相続人に対して虐待や重大な侮辱、著しい非行があった場合は、被相続人の意思にもとづく家庭裁判所の審判により相続資格を失わせることも可能です(相続人の廃除)。
なお相続欠格、相続人の廃除の場合、この相続人に代襲相続人(具体的にはその子)がいるときには、相続権は代襲相続されることとなります。ただしAさんのケースがこれらに該当する可能性は低く、Aさんの遺留分侵害額請求は認められると考えます。
遺言書で相続財産が得られなかった場合でも、遺留分という最低限の権利は保障されています。とはいえ、具体的な遺留分侵害額を定めるにあたって親族間でいさかいが生じる場合があります。きたる相続を見すえたうえでは、親族の一部に負担が偏ることを避け、円満な親族関係の維持が求められる所以です。
◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士
長崎県諫早市出身。前職の信託銀行時代に担当した1,000件以上の遺言・相続手続き、ならびに3,000件以上の相談の経験を活かし大阪府茨木市にて開業。北摂パートナーズ行政書士事務所を2022年に開所し、遺言・相続手続きのスペシャリストとして活動中。ペットの相続問題や後進の指導にも力を入れている。