1970年代後半に空前のブームを巻き起こした女性デュオ「ピンク・レディー」の未唯mie(68)が19日にデビュー50周年&ソロ45周年記念コンサート「Anniversary Celebration」を都内の東京国際フォーラムで行った。ソロ歌手としての現在地からピンク・レディー時代へと遡る2部構成で、約2時間にわたって24曲を熱唱。ステージでは恩師や母への思い、アーティストとしてのこだわりを示す場面もあった。(文中敬称略)
第1部は銀色に輝くスパンコールの衣装で登場し、9月リリースの最新曲「Anti Limit」で幕開け。続いて米ソウル歌手、アリス・クラークによる72年の隠れた名曲をダンサブルにアレンジしたナンバー「Never Did I Stop Loving You」を披露。回るミラーボウルの下、会場がディスコになった。
3曲目は一転して静かな曲調の「ハレルヤ」。カナダのシンガー・ソングライター、レナード・コーエンの代表曲をカバーし、23年にシングル曲として世に出した。未唯mieは「雷に打たれたように、この曲を絶対に歌いたいと思った」と明かす。ピンク・レディーの初ツアーやレコーディングのメンバーであり、この日の12人編成バンドをまとめた音楽監督でキーボード奏者の井上鑑にアレンジを依頼した経緯を説明。井上は「世界中でカバーされている曲ですが、ここまで自分の形を作っているバージョンは意外とないんじゃないかと思います」と手応えを示した。
熱唱は続く。TBS系ドラマ「不良少女と呼ばれて」の主題歌となってヒットした「NEVER」(84年)、玉置浩二作曲の「シャンプー」(83年)、主演映画の同名タイトル曲「コールガール~夜明けのマリア~」(82年)などから、阿木燿子&宇崎竜童コンビが手がけた81年のソロデビュー曲「ブラームスはロックがお好き」でソロ10曲の第1部を締めくくった。
第2部はピンク・レディーのヒットメドレーで11曲。米国進出を背景に“大人路線”にシフトチェンジした79年の15枚目シングル「マンデー・モナリザ・クラブ」で口火を切った。続いて、78年のレコード大賞を受賞した大ヒット曲「UFO」で会場の熱気も最高潮に。さらに「土居先生が最も大切にしていた『ビート感』を皆さんにお届けしたい」と2枚目シングル「S・O・S」(76)に挑んだ。
「土居先生」とはピンク・レディーの振り付けを担当し、2007年に70歳で亡くなった土居甫(はじめ)さんのこと。「土居先生が『ディスコ・クイーンにしてみせる』と言ってくださった、その感じの『ノリ』って?私たちに身に付けさせたかったグルーヴとは?…という原点回帰を9月に試みたい」。今春、恩師の言葉を噛みしめ、そう語っていた未唯mieの思いが具現化された。
阿久悠さん(作詞)&都倉俊一氏(作曲)コンビの曲が連打されていく。「カルメン’77」(77年)、「サウスポー」(78年)から「モンスター」(78年)を歌い終えると、未唯mieはこの日、89歳の誕生日を迎えて来場した母を観客に紹介。「今の私があるのは、母のおかげです。影にひなたに私を支えてくれています。これからも元気で長生きしてずっと見守ってくださいね」と感謝し、祝福の拍手が会場に広がった。
その後も「ウォンテッド(指名手配)」(77年)、「カメレオン・アーミー」(78年)、「渚のシンドバッド」(77年)、米国の音楽グループ「ヴィレッジ・ピープル」のヒット曲を日本語詞でカバーした「ピンク・タイフーン」(79年)と畳みかけた。最後に「この曲で全てが始まりました」と、76年8月25日に当時18歳のミイ(未唯mie)とケイ(増田惠子)のコンビで発売されたピンク・レディーのデビュー曲「ペッパー警部」で本編のラストを飾った。
アンコールではピンク・レディーの22枚目にして最後のシングル曲「OH!」(81年)、16枚目の「DO YOUR BEST」(79年)と続き、「『大丈夫、きっと大丈夫』と自分に言い聞かせてここまで頑張ってきました。その『大丈夫』を皆さんにお届けしたい」と、本名の「根本美鶴代」名義で作詞したソロ曲「ALRIGHT ALRIGHT」(07年)でフィナーレとなった。
半世紀に及ぶ歌手活動の集大成となるステージをやり遂げた。未唯mieは「この喜びの瞬間を皆さんと共有できたことを心からうれしく思います。仲間たち、ありがとう」と感無量の表情。「私、まだまだいけそうですか?もしかしたら、60周年、70周年と…(笑)。今日が新たなスタート。これから、もっといろんなことにチャレンジして、私らしく、楽しく生きていこうと思います。みんな『アンチ・リミット』で…愛してるよ~!」と新曲のタイトルにちなんで「限界突破」を呼び掛けた。