入社以来、将来を嘱望されていた30代のAさん。だがある日、接待後の飲み会で気が緩み、未発表の新規事業や取引先の個人情報を同席した他業種の人に漏らしてしまう。翌朝、会社に呼び出されたAさんは「軽率な行動で甚大な損害が出た」と告げられ、降格と謹慎処分を示唆された。
「あくまで酒の席での雑談。悪意はなかった」と主張するAさんだが、会社側は就業規則の「秘密保持義務」を盾に厳しい姿勢を崩さない。お酒の失敗で降格や謹慎処分を受けてしまうことはあるのだろうか。社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに話を聞いた。
ー泥酔して情報を漏らしてしまった場合、「お酒のせい」として情状酌量され、処分が軽くなることはありますか?
結論から言えば、ほとんどの場合、情状酌量の余地はありません。
「自分で飲みたいから飲んだ」のであれば、その結果に対して全責任を負うのが大前提です。例外的に責任が軽くなるケースとしては、「社長や上司から無理やり飲まされた」といった、本人のコントロールを超えた強制的な状況があった場合くらいでしょう。自分の意思で飲んで、調子に乗って喋ってしまったのであれば、言い逃れはできません。
ー会社は、この件でAさんを「懲戒解雇」にすることは可能でしょうか。
情報の重要度や被害の大きさによりますが、何らかの懲戒処分(降格や減給など)は免れないでしょう。
ただし、一般的な社員が一度の失言でいきなり「解雇」となるのは、法的にはハードルが高い場合もあります。そもそも、平社員が一人で会社を傾かせるほどの致命的な機密情報にアクセスでき、それを外部で話せてしまう状況そのものが「会社の管理不備」とみなされることもあるからです。
とはいえ、役員クラスであったり、企業の存続に関わるレベルの情報を漏洩させたりした場合は、懲戒解雇の可能性も十分にあります。
ー会社が被った損害について、Aさんは個人的に賠償する責任を負いますか。
理屈の上では賠償責任が生じますが、実際に請求される「金額」の算出は非常に困難です。
例えば「Aさんの失言のせいで契約が他社に流れた」としても、それが100% Aさんのせいだと証明できるか、という問題があります。また、日本の労働法では「会社の責任」が非常に重く、従業員に全額を負担させることは難しいのが現実です。
多くの場合、入社時の誓約書などで賠償額の上限が定められていたり、よほど悪質な「横領」などのケースでない限り、個人が数千万円単位の損害を丸ごと背負わされることは稀です。
ー企業側は、こうしたリスクをどう防ぐべきなのでしょうか。
「意識を高めよう」といった精神論では防げません。大事なのは「仕組み」です。例えば、ケンタッキーフライドチキンのレシピを全員が知らないように、情報は断片化して特定の個人がすべてを把握できないようにすべきです。
また、泥酔してカバンやPCを紛失する事件も後を絶ちませんが、そもそも機密情報を持ち出せない、インストールできないといったシステム側の制限が必要です。
「誰でも酔っ払うことはある」という前提でリスクを管理するのが、今の時代の危機管理といえます。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ) 社会保険労務士/こころ社労士事務所代表
大阪府茨木市から労使の共存共栄を目指す職場づくりを支援。人材育成・定着のための就業規則整備や評価制度構築、障害者雇用、同一労働同一賃金への対応といった実務支援は、常に現場の視点に立つ。ネットニュース監修や講演にて情報発信を行う一方で、SNSでは「#ラーメン社労士」としても活動し、親しみやすい人柄で信頼を得ている。