“漫画の神様”手塚治虫氏(1989年死去、享年60)の代表作「ブラック・ジャック」において入手困難になっていた「幻のオリジナル版」などを掲載した書籍「ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ Second Operation」(立東舎)が2月下旬に発売された。2023年11月に続き、今回が第2弾となる。手塚作品における「幻のオリジナル版」を発掘し続ける編集方針も含め、担当者に話を聞いた。
同作は1973~83年に「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載されたが、単行本化の際に手塚自身の手によって再構成や加筆が施された作品が存在。それは作品の完成度をより高めるための作業だったが、雑誌に掲載された初出のオリジナル版は「失われたピース」となり、その行方が注目されていた。
本書では改変が見られるエピソードなど14話を収録。オリジナル(初出)版と単行本(コミックス)版の作品に大きな改変があり、その両方が併載された「雪の夜ばなし」をはじめ、単行本版で差し替えられた一部ページ(差分)をオリジナル版の後に掲載した「ふたりの修二(前後編)」「血がとまらない」「パク船長」「地下水道」などから、手塚一流の「編集術」を感じることができる。
その中から「ふたりの修二(後編)」を例に挙げてみよう。週刊少年チャンピオン連載時のオリジナル版では、男装の女性が服を脱がされる場面で、脱衣を制止するブラック・ジャック(以下B・J)に対し、突然、ベレー帽をかぶった作者のキャラが登場。手塚が「せっかくこれからいい場面をかく所だのに」と反論し、「かくとチャンピオンの売り上げがあがるぞっ」「一回だけかかせろッ」と駄々をこねながら、「ふたりと5人じゃすきなこと書かせているじゃんか」「不公平!不平等!」と当時、同誌で競合していた吾妻ひでおの作品「ふたりと5人」を引き合いに、同作の主要キャラまで登場させて「よーするに おまえは年なのだ」とツッコませて“カックン”と落胆する自虐的な自画像まで描いてみせる。
そこには、フィクション作品の外側にいるはずの作者が乱入してストーリー展開に異を唱えるメタ的な作用があった。雑誌連載ゆえに、他作品のキャラを登場させる遊び心も可能だった。だが、単行本となると、そうはいかない。当該箇所はカットされ、整然としたストーリー展開が加筆されている。その双方の描写が本書では確認できる。幻となった削除部分にあった“神様の脱線”ぶりは新鮮な驚きとともに、手塚の人間味を垣間見せてくれる。
第2弾の注目点について、担当編集者の山口一光氏は「カラーで描かれた画稿を多数収録している点がポイント」と指摘。また、B・Jの「ラブロマンス的な要素」が加わった作品として「めぐり会い」や「海は恋のかおり」という作品を挙げた。
立東舎では、「ブラック・ジャック」だけでなく、「三つ目がとおる」「火の鳥 望郷編」「リボンの騎士」といった手塚作品の「ミッシング・ピーシズ」シリーズも刊行。時代の波間に消えた「幻のバージョン」を複刻する作業を続けていることに担当者はどのような思いを抱いているのだろうか。
山口氏は「このシリーズが成立しているのは、ひとえに手塚先生が『連載時の作品に手を加えて単行本化する』ということをされていたからです。0から1を生み出す雑誌版の執筆にも大きな価値がありますが、その上で、雑誌版の1を10にも100にもしている単行本版への編集作業があり、クリエイティビティという意味では、いずれ劣らぬ真剣勝負であると考えております。目もくらむような切り貼り、書き換え、新原稿の追加などの編集術を駆使されているわけですから、そのビフォー/アフターを目にできることはファンには眼福ですし、クリエイターには創作・創造のすごみを再確認する契機になるでしょう」と説明した。
さらに、同氏は「表現者でなくても、『なにかを大事にする』ということの尊さを目の当たりにして良い気持ちになっていただけるのでは…と考えております。ひとことで言えば、『手塚先生すごい!(他の連載もあってお忙しいのに…)』ということです(笑)」と付け加えた。
今後もB・Jは続刊予定。山口氏は「他の手塚作品もぜひ刊行させていただけたらと考えております」と意欲的だ。2028年が手塚治虫生誕100年となり、そのメモリアルイヤーに向け、さらにはその区切りを通過点として、巨匠のサルベージ(埋もれた作品の引き揚げ)作業は進んでいく。