遺産相続と聞けば、多くの人が預貯金や価値ある不動産といった「プラスの財産」を思い浮かべるだろう。しかし現実には、その逆も少なくない。先日亡くなった父親の遺産として、預貯金と共に父親の故郷にある山林と原野を相続した男性のケースもその1つだ。
アクセスが悪く、資産価値はほぼゼロ。それどころか、毎年固定資産税が課され、定期的な管理も必要となる。不動産業者に相談しても「買い手はまず見つからない」と言われる始末だ。このような、いわゆる「負動産」を相続してしまった場合、どうすればよいのであろうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞いた。
ー相続において、「特定の財産だけを放棄する」こと、この事例でいうと預貯金だけを相続し、不要な山林の相続を放棄することは可能ですか?
それはできません。特定財産の遺贈(遺言による贈与)とは異なり、遺産相続の大きな原則として、特定の財産だけを選んで相続したり、放棄したりすることは認められていないのです。
相続人が選べるのは、プラスの財産もマイナスの財産もすべて受け継ぐ「単純承認」、すべての財産を放棄する「相続放棄」、プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を清算する「限定承認」の3つだけです。したがって、ご相談のケースのように、預貯金は相続し、不要な山林だけを放棄するということはできません。
ー価値のない土地を抱え続けるしかないのでしょうか?
近時、相続した「負動産」を持てあまし相続登記がされないまま放置された結果、所有者が不明の不動産が増加し、民間や公共団体による開発の妨げとなることが問題化していました。こうした社会問題を背景に、2023年4月から「相続土地国庫帰属制度」という新しい制度が始まりました。
これは、相続または遺贈によって取得した不要な土地を、一定の要件を満たす場合に国に有償で引き取ってもらえる制度です。この制度の創設により、他の価値ある財産は手元に残したまま、不要な土地だけを手放すという選択肢が生まれました。
ーその新制度を利用するための条件(土地の種類、状態、費用負担など)は?
どんな土地でも引き取ってもらえるわけではなく、いくつかの条件があります。建物や担保権が設定されている土地、土壌汚染がある土地、境界が不明確な土地などはそもそも引き取ってもらえません。そのほかにも対象地の個別具体的事情をふまえ引き取るかどうかの判断がされます。
費用については、まず申請時に土地1筆あたり14,000円の審査手数料が必要です。そして、審査を経て国の承認が下りた際には、土地の性質に応じた標準的な管理費用を考慮して算出した10年分の土地管理費相当額として「負担金」を納付する必要があります。負担金の額は、原則20万円ですが、土地の種類や所在、面積によって異なります。
ー国庫帰属以外の解決策として、どのような方法が考えられますか?
実現可能性が高いか低いかは別として、例えば、隣の土地の所有者に買い取ってもらえないか交渉する、自治体への寄付を打診する、あるいは「負動産」を専門に扱う不動産業者に相談するといった方法が考えられます。
相続財産全体を評価し、預貯金などのプラスの財産よりも、土地の管理コストや税負担のほうが大きいと判断される場合は、特定の財産だけを放棄することができない以上、「相続放棄」も有効な選択肢かと思います。ただし、相続放棄はご自身が、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内という期限があるため、注意が必要です。
価値のない土地を相続してしまった場合でも、解決策は一つではありません。まずは、ご自身のケースではどの選択肢が考えられるのか、弁護士などの専門家に相談し、適切な手段を講じることをお勧めします。
◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士
長崎県諫早市出身。前職の信託銀行時代に担当した1,000件以上の遺言・相続手続き、ならびに3,000件以上の相談の経験を活かし大阪府茨木市にて開業。北摂パートナーズ行政書士事務所を2022年に開所し、遺言・相続手続きのスペシャリストとして活動中。ペットの相続問題や後進の指導にも力を入れている。