大河ドラマ「べらぼう」第44回は「空飛ぶ源内」。江戸時代後期の随筆に「世事見聞録」がありますが、そこには諸国に「勾引」(かどわかし)がいたことが記されています。人々が群れ集う場所において、または黄昏(夕暮れ)時において、勾引は遊び迷う子供を拉致し、遠方に売り飛ばしたというのです。ところが勾引の暗躍が少ない地域というものもあったようで、それが「関八州」(武蔵・相模・上野・下野・上総・下総・安房・常陸国)でした。関八州は将軍のお膝元に近いということで取締は厳重であり勾引は活動を幾分控えていたのでしょう。関八州の外の国々、とりわけ遠国は詮議(罪人探索)は不十分であり、勾引による犯罪が放置されていたと「世事見聞録」には記されています。また上方やその周辺においては伊勢参宮や巡礼途上の子供が誘拐されることもあったようです。
諸国では子供が突然行方をくらませてしまったことを「神隠しにあった」(人が突然行方不明になった時に神に隠されたと解釈する)と語っていたとのこと。しかしそれは神隠しではなく、勾引により連れ去られていたのです。今でも神隠しという言葉を聞くことも稀にありますが、それは誘拐事件の可能性もあるでしょう。子供などの姿が見えなくなった日は「忌日」と呼ばれ弔いをすることもあったようです。誘拐されるのは女性や少女のみならず「老男少男」(老人や若者)もいたようで、老人や若者も買い取られて「百姓の召仕」にされたと同書にはあります。上方の国々には「男子」を誘拐する勾引がいたことが分かります。
誘拐され売り飛ばされた男子の扱いは悲惨でした。「犬猫のごとく」扱われたのです。具体的に言えば、ちゃんと衣服も着させて貰えず、草履や下駄といった履き物も履かせて貰えず、土間にて寝起きしていたというのです。遊女の境遇も悲惨ですが、拉致され売り飛ばされた男性の身の上もまた哀れと言うべきでしょう。