サッカー元日本代表の岡崎慎司氏(39)がこのほど、大阪市内でよろず~ニュースの取材に応じた。2005年にJリーグ・清水エスパルスに入団。その後はドイツ、イングランド、スペイン、ベルギーの欧州4カ国で活躍し、昨年に現役を引退。現在はドイツ6部のバサラマインツの監督を務め、FCバサラ兵庫の理事に名を連ねる。スイス機械式時計ブランド「ノルケイン」のブランドアンバサダーの顔も持つ岡崎氏が、サッカーへの思い、家族への感謝、今後の目標などについて語った。
現役引退後、すぐにバサラマインツの監督に就任したが、試合に対する目線や考え方は全く変わった。「選手の時ってどちらかと言うと背景も分からずに、ピッチで〝こうすればいい〟〝ああすればいいやん〟って思っていたんですけど、いざ監督になると、どうしようもない状況でも何か行動を起こさないと行けないと思って…。センターバックをフォワードの位置とかに上げたりとか。〝練習もしてないのに、やらへんやろ〟と普通は思っていたんですけど、行動を起こすというのが、何もやらないよりは得られるんじゃないかと」。監督としてチーム全体を見つつ自分の信念を貫き、失敗もありながら、監督しての経験値を上げている。
選手時代と比較して監督の方がしんどいという。「精神的にですね。選手の時は自己完結できたんですけど、今は自己完結してしまったら、選手と離れてしまうので…。そうではなくて、どうマネジメントをしていくか、選手たちに自己完結させていくというか。導いていくことができなきゃいけないので。コミュニケーションが一番大事だと思います」。自分のサッカー哲学を伝えても、理解してくれないもどかしさもある。それだけに、自分ひとりだけでなく、コーチやスタッフなど、チーム作りに必要な人材確保に努めている。
家族の存在が癒やし、気分転換になるという。現在は単身赴任。「なんて言うんですかねえ。家族に会えるとなると、ちょっといったんリセットしようみたいな」。現役時代からその気持ちは変わらない。2008年に結婚した夫人、16歳と14歳の2人の息子がいる。「子供も大きくなって、思春期ですね。特に中2は」と父親の優しい表情に変わった。
家族の支えは大きいと感じている。「ただ、一番、大変なのは奥さんだと思う。何かありそうだ、雰囲気をちょっと変えなきゃ、と思うときは帰りますけど、頑張ってくれているので。本当におかげで自分が次のチャレンジをできるというのがあります」。監督業に挑戦できたのも夫人の理解があってこそ。「今の自分の奥さんじゃないと多分、やらしてもらえてないやろうなと。普通は選手を終えたら、旅行に行こうとか休みの時間があってとか思うんですけど、自分がそういうことができていないので」。感謝を忘れない。
今後の目標はサッカー日本代表監督や欧州のトップクラブのコーチになること。ほかにも日本から海外へ気軽に挑戦できるような環境を整えたい気持ちは強い。「例えばスポンサーの人に会いに行って、自分の思いを話して応援してもらえるかというのも、監督として絶対必要な要素のひとつだと思うんです」。チームをまとめるのはもちろん、プレー外のマネジメントも将来へ向けての勉強になる。
来年の2026年にはサッカーW杯が開催される。日本が頂点に立つ日は来るのだろうか。「可能性としては、もう来ていると思うんですけど、上には上がいるので。日本全体で見たときに、サッカーを、スポーツを文化にしていくということを、みんなが考えるようにならないと、これ以上の発展は難しくなってくるとは思う」。自身もサッカー教室を開くなど、底辺を広げようと力を入れている。
サッカーが生活の一部として自然発生的に楽しめるようになれば、レベルはおのずと上がっていく。「気軽にその辺でサッカーをやるような子が増えれば、勝手に強くなるんじゃないかな」。日本が歴史的快挙を達成したとき、指揮を執っているのは岡崎氏かもしれない。
◆岡崎慎司(おかざき・しんじ)1986年4月16日、兵庫県・宝塚市生まれ。39歳。元日本代表FW。小学2年時からサッカーを始める。滝川第二高では、3年連続で全国高校選手権に出場。卒業後、Jリーグ・清水に入団を皮切りに、シュトゥットガルトやマインツ(ともにドイツ)、レスター・シティFC(イングランド)など欧州4カ国でプレー。また、日本代表としてW杯に3度出場し、通算50得点(歴代3位)を記録。2024年に現役引退。現在はドイツ6部のバサラマインツの監督を務め、関西リーグ1部のFCバサラ兵庫の理事でもある。