NHK大河ドラマ「光る君へ」第37回「波紋」では盗賊事件が描かれました。寛弘5年(1008)の大晦日、内裏でとんでもない事件が起こります。強盗が押し入ったのです。内裏に侵入した強盗は、女房2人の衣装を剥ぎ取り、何処かに去ります。強盗は、内裏に出入りできる身分の者と推測されますが、結局、捕縛されず、その正体は不明です。
この平安時代中期の強盗事件について書き記しているのが、紫式部でした。式部は激しい大声や、泣き騒ぐ声を聞き、異変を感じ取ります。
就寝していた辨の内侍を強引に起こして、声のした方向に向かう式部。するとそこには、裸体の女房が2人いたのでした。強盗の侵入に、手を叩き、声を張り上げますが、誰も来ません。中宮付きの侍も、皆、既に退出していたのでした。下臈の女房を呼んだ式部は「殿上間に行き、兵部丞という蔵人を呼んできて」と依頼します。式部の弟(兄との説もあり)の藤原惟規は当時、この役にありました。式部は弟に手柄を立てさせようとしたのでしょうか。いや、そのようなことは念頭になく、咄嗟に弟のことが頭に浮かんだだけとも考えられます。
式部の依頼を受けて、下臈の女房は「兵部丞という蔵人」を探しますが、見つかりませんでした。惟規も既に退出していたのです。その時の式部の気持ちは「限りなく情けない」ものだったと言います。そのうち「式部の丞資業」がやって来て、燈火の油をさし入れしていきました。1人でその作業をやったとのこと。資業のお陰で、式部ら女房の恐怖心も少しは和らいだのではないでしょうか。
衣装を剥ぎ取られた女房2人ですが、元日の衣装までは奪われなかったようです。よって、元日には平気な顔をして、2人の女房は出仕したようですが、式部は彼女たちの裸体が目に焼き付いていたとのこと。強盗事件は恐ろしいものではありましたが、女房の裸体を思い出すと「おかしくも感じられた」という式部。この感想を式部の「性的嗜好」という見解もあるようですが、感性(感受性)の問題と言って良いでしょう。
◇主要参考文献一覧 ・清水好子『紫式部』(岩波書店、1973)・今井源衛『紫式部』(吉川弘文館、1985)・倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社、2023)