「この映画のプロモーションでは、監督と僕は女優さん達(ヨム・ジョンア、キム・ヘス)を挟んで端と端で二人ともあまり話せなかったから、今回の舞台挨拶はレアで楽しかったよ」
そう語った俳優チョ・インソン。日本で公開を迎えた『密輸 1970』は、昨年7月に韓国で公開され、観客動員数500万人を記録、海女たちが密輸に関わる海洋サスペンスアクションとして大いに話題を呼んだ。更に本作は「第44回青龍賞」の最優秀作品賞、助演男優賞(チョ・インソン)、新人女優賞(コ・ミンシ)、音楽賞、更には「第59回大鐘賞」の監督賞(リュ・スンワン)を受賞するなど高い評価を受けている。
その作品の来日が急遽決まり、日本では公開週に舞台あいさつを行うというベストタイミングとなった。しかもリュ・スンワン監督にとっては『ベテラン』(2015)以来の9年ぶりの来日。
「キム・ヘス演じるチュンジャが町に戻ってくるシーンのファッションは『女囚さそり』シリーズをイメージしていて、パク・ジョンミン演じるドリの髪型やファッションは『仁義なき戦い』からインスパイアされているんだ」
舞台挨拶前の打ち合わせで熱く説明してくれた監督は、パク・チャヌク監督他、鈴木清順監督作品を愛する監督達と上映会をしたりするほど60年代、70年代の日本映画好きだそうだ。だからか、『密輸 1970』は70年代の日本映画の香りがする。カラフルでお洒落なファッションセンス、迫力ある登場シーン、そして予想だにしなかったアクションからも感じられる。
実は韓国公開時、本作からある言葉が生まれた。それは新海誠監督のアニメ映画『すずめの戸締まり』(2022)に引っ掛けて「クォン軍曹の戸締まり」と称されたシーンだ。ここはチョ・インソン扮する密輸王のクォン軍曹の見せ場となる一連のアクションシーンでのあるショットなのだが、その後の意外な展開は、監督やスタッフがクォン軍曹というキャラクターに愛着が湧いた結果、当初脚本に無かったシーンが追加されている。それを今回の舞台あいさつで引き出したのは韓国映画に出演経験もある俳優・大谷亮平。この来日イベントの花束ゲストとして登壇したが、実は韓国語の勉強時にチョ・インソンのドラマ「春の日」のセリフを教材にしていたそうだ。今回のステージ上では韓国語をマイクで披露することはなかったが、控え室ではしっかり韓国語で監督やチョ・インソンとコミュニケーションを取っていた大谷亮平は、本作のことを手放しで絶賛していた。
「また次回作で監督と舞台挨拶をしに来ます」
そう語るチョ・インソンはリュ・スンワン監督と新作映画『ヒューミント』の撮影にまもなく入る。
どの回も大盛況だった来日イベントで、私は7月13日に行われた3回のステージの司会を務めた。そこには多くの映画ファン、チョ・インソンファンが会場に駆けつけていたが、ステージ裏で話すチョ・インソンはまったくと言って良いほど気取らず、お茶目という言葉が似合う俳優だった。それは最後の舞台あいさつが終わり、控え室に戻ってきた私に向かって満面の笑みで「イエーイ、オツカレサマデシタ」と両手でハイタッチをしてきたことからもうかがえる。今までも様々なスターに会ってきたが、第一線で活躍する俳優の多くは気取らない。それに加えてチョ・インソンはひょうきんさも兼ね備えているので、ファンの心を掴んで離さないのだろう。