障がいのある当事者が演じる意味とは〜ダウン症の弟と兄の物語『弟は僕のヒーロー』

伊藤 さとり 伊藤 さとり

 「世界ダウン症の日」というのがあり、ダウン症の啓発を目的とし、3月21日に制定されている。“理解を深め、偏見を無くす”これが根底のテーマであり、本作のきっかけとなったYouTubeにアップされたショートムービーもこの日に配信された。制作者はイタリアに暮らすダウン症の弟ジョヴァンニとその兄ジャコモ。60万回以上再生され、それが出版社の目に留まり、兄は小説を書くことになり、その本から劇映画へと発展したのだ。

  まだ幼い兄から見た親の出産時のちょっと変わった反応。学校での集団生活から弟を恥じてしまう複雑な思い。初恋や友達との関係まで、痛いくらいその時の感情のままに動く思春期特有の揺れを物語にした青春映画が本作だ。実際の思いを全て綴ったであろうジャコモ本人による原作からなる映画は、ダウン症の弟を受け入れているようで誰にも言えない葛藤のせいで、人間関係に亀裂を生じさせるまさかの展開を迎える。

 聞けば映画の弟ジョーのエピソードは全てジョヴァンニの日常だそう。人目を気にせず心のままにエレクトーンを弾くジョーの表現力は誰にも真似できない。それはダウン症の俳優ロレンツォ・シストでしか再現出来なかっただろう。もちろん主人公ジャックの衝撃の行動などは、彼の感情を読み取りやすいようにフィクションの部分が多い。

 ただ、不思議なのはダウン症の弟の天使のような無邪気さと兄への無償の愛という強さが、悩み多き兄の弱さを際立たせるのに、二人揃って愛おしく見える。思えば人間は弱くて強い生き物。そして許す心を持つ者は人や世界をも変えていく。

 ちなみに海外では『八日目』(1996)、『チョコレートドーナツ』(2012)や『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』(2019)など、ドキュメンタリーではなく、ダウン症の当事者がメインとして出演する劇映画が生まれている。日本でも徐々に当事者がドラマに出演するようになり、「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(2023)では、ダウン症の弟役を当事者の吉田葵が演じている。その他にも2023年12月から公開中の、カンヌ国際映画祭で役所広司が最優秀男優賞を受賞した『PERFECT DAYS』にはダウン症の少年が登場、演じているのは同じく吉田葵だ。その彼と私は偶然、『弟は僕のヒーロー』の試写会で遭遇した。「もっと(ドラマや映画に)出たい」と目を輝かせて語った葵くん。それを聞いて私は、映画やドラマに当事者を起用する意味を実感した。“様々な人の姿を湾曲せずに伝えることで、彼らに対する偏見は消え、その人達の職業選択の可能性を広げる”ことになるのだと。

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