「私人逮捕系ユーチューバー」と称される人物たちの行動が社会問題化している。11月中に容疑者が相次いで逮捕された2つの事件を受け、元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏に「私人逮捕」とは何か、過激化する撮影行為の危険性や注意点などを聞いた。
まず、世間の注目を集めたのは「煉獄コロアキ」という名で活動するユーチューバーによる事件だった。
「煉獄コロアキ」こと、杉田一明容疑者(40)は13日、都内で18歳女性の顔にモザイクをかけずに無断で撮影し、字幕付きで「公演チケットの不正転売に関与した」などと決めつけた動画をユーチューブに投稿した名誉毀損の疑いで警視庁生活安全特別捜査隊に逮捕された。警視庁によると、女性は転売とは無関係だったという。杉田容疑者は「私人逮捕」や「世直し系」を自称し、ライブチケットを高額転売しようとしたとして一般人を取り押さえる動画などを複数投稿していた。
小川氏は「一番の問題は顔にモザイクをかけなかったこと。杉田容疑者は女性に対して『転売ヤー』だとか『パパ活』などと決めつけ、言いかがりを付けた動画を流したが、そのような事実はなく、顔を〝サラした〟ことで、この女性は多大なる迷惑をこうむった。元の動画は消されたが、既に拡散されており、女性は今後もつらい思いをさせられていく」と、相手の人権を無視した卑劣な犯行について説明した。
続いて逮捕されたのは、ユーチューブチャンネル「ガッツch(チャンネル)」を運営していた2人の容疑者だった。
「覚醒剤を共に所持したい」とインターネット上で相手をそそのかしたとして、警視庁は20日、覚醒剤取締法違反(所持)の教唆疑いで、今野蓮容疑者(30)と奥村路丈容疑者(28)を逮捕した。警視庁によると、覚醒剤を持っている相手をおびき出して110番し、警察官が逮捕する様子を動画撮影して投稿していたという。今野容疑者は「中島蓮」と名乗り、「パトロール系」や「私人逮捕」をうたうユーチューバーとして活動し、奥村容疑者は動画の撮影役だったとみられる。
小川氏は「ガッツchの場合、完全な〝おとり捜査〟で、私人逮捕には当たらない。覚醒剤を持ってくるように話していることから教唆になる。そもそも薬物事犯の現行犯で私人逮捕は通常ありえない」と指摘した。
では、「私人逮捕」とは何か。刑事訴訟法第213条には「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」と記されている。一般人でも、目の前で現実に犯罪行為が行われ、行い終えたところに限って、逮捕状なしでその行為者を容疑者として逮捕できる。逆に、その条件(現行犯)に該当しないにもかかわらず逮捕した場合、刑事訴訟法220条で「不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、3月以上7年以下の懲役に処する」とされている(22年の改正で懲役は拘禁刑に)。
以上は法律的な説明だが、小川氏は現職時代の経験を元に解説した。
「ある男性が自転車を盗まれ、最寄りの交番に被害届を出した。2日後、買い物に行った先で自分の自転車を発見。すぐ警察に110番すればよかったのだが、盗んだと思われる相手が戻ってきて、その自転車に乗ったところを捕まえれば現行犯逮捕になると考えた。そして、男が自転車に乗ったところを捕まえようとして乱闘騒ぎになり、両名とも警察に身柄を確保された。これは現行犯逮捕にはならない。2日前の盗難時点であれば現行犯だが、例えば、最初に盗んだ者が自転車を放置後、別の者が乗っていたのなら、それは占有離脱物横領容疑で、窃盗の現行犯ではない。この自転車のケースは緊急逮捕となり、一般の人(私人)には無理。また、乱闘で相手に大けがを負わせていれば、逆に訴えられる可能性もあった」
ガッツchでは「痴漢や盗撮をした」とされる相手を取り押さえる様子を撮影していた。その際、逃げた相手を取り押さえようとしてホームの階段から転落する動画も報じられた。小川氏は「現行犯逮捕で一番多いのは痴漢」とし、「警察官は逮捕術を学んでいるので相手にダメージを与えないように身柄を確保するよう訓練も積んでいるが、一般人が無理に相手を追いかけて階段で転んだりすると、高齢者や子どもさんも含めた他の者を巻き添えにして大ケガにつながる」と危惧。「本来、駅の構内での無許可撮影は禁止。そういう意味でも取り締まりを厳しくしていく必要がある」と補足した。
今回、法的な容疑が適用されて逮捕となったが、罪に問えないグレーゾーンもある。
小川氏は「『私人逮捕系ユーチューバーだから』という理由で取り締まることはできない。杉田容疑者は名誉毀損となったが、相手の顔にモザイクをかけていたらどうだったか?動画の内容から現在ある法律に当てはめていくしかない。相手をケガさせれば、暴行や傷害容疑、複数の人間で取り囲むなどして逃げられないようにするのは監禁罪になりかねない。また、人を不当に逮捕すると『逮捕監禁罪』となる」と付け加えた。
小川氏は「私自身もユーチューブを始めて3年。いわゆる〝バズった〟動画はないが、地道にやっていくのが一番だと思っている。『収益を上げるために人気のあるチャンネルにしたい』という気持ちは理解できるが、どうしても数字を追いかけると、他の人がやっていない過激な方向に走ってしまうのではないか。視聴者も『正義を代行してくれている』と思うのかもしれないが、どうしても注目されるために無理をしてしまう。撮影者はその点を注意してほしい。逆に絡まれて被害に遭いそうになった時は『警察を呼びます』と言って、逃げたりしないことです」と呼びかけた。
杉田容疑者は「再生回数やチャンネル登録数を増やしたかった。広告収入を得て有名になりたかった」と供述していることが報じられている。そこに〝正義〟などはなく、金を稼ぐ手段としての〝ビジネス正義〟でしかないが、その行為に喝采を送る視聴者の存在があったことも事実。その期待に応えるため、私人逮捕系ユーチューバーの行動は過激化していったといえるだろう。ただ、ユーチューブ自体は文化として定着している。撮影する側、観る側の意識のありようが問われる事件だった。