〝マンガの神様〟手塚治虫の代表作「ブラック・ジャック」の新作をAIとヒトのコラボレーションで制作する「TEZUKA2023プロジェクト」が、22日発売の「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で、32ページの特別読み切り「TEZUKA2023 ブラック・ジャック 機械の心臓―Heartbeat MarkⅡ」(原作・手塚治虫、作・TEZUKA2023プロジェクト)を発表する。都内で20日、同プロジェクトの発表会見が行われた。
手塚プロダクション取締役で映像作家、手塚治虫の長男、手塚眞氏は総合ディレクターを務めた。
ピノコを連れて医療とAIの最先端技術が集まる企業を訪れたブラック・ジャックは、CEOから女性患者を診てほしいと依頼を受ける。患者には「AIを活用した完全な機械の心臓」が移植されていたが、完全なはずの心臓に血腫が発生していた。過去に同様の症状である本間血腫を治せなかったトラウマを持つブラック・ジャックは一度手術を断るが、ピノコの「どこからどこまでが人間なのか?」という問いに、この難題に立ち向かう決意をする。
このようなストーリーが展開され、新たなキャラクターのデザイン、プロット、セリフ、コマ割りにまでAIが関与した。
眞氏は「完成して嬉しい。ほっとしています」と述べ、「大変興味深い作品。ブラック・ジャックらしく、手塚作品の核でもある『命の尊厳』というテーマを、AIが作り出しました。(本編にも)恩師である本間先生が埋め込んだ人工心臓に血腫が発生しましたが、ブラック・ジャックが再挑戦します。医療だけでなく、暮らしがAI化していく中、人間社会がAIに囲まれた時、本当に人間にとって素晴らしいのか、という現代的な問いかけもあります。命と社会に関わる手塚らしい、ブラック・ジャックらしい作品です」と、偉大な父に呼びかけるように語った。
「ブラック・ジャック」は200話以上からデータを蓄積することが可能で、ピノコらのキャラクターが確立しており、世間の認知度が高く、連載50周年の節目であることが考慮され、今プロジェクトに採用された。眞氏は「皆さんが知っている作品なので外部の評価が明確になる」「賛否分かれると思うが、議論のきっかけになればいい」などと語った。
プロジェクトの中枢が「インタラクティブプロンプトAI (仲介AI)」の開発だった。膨大なデータを学習し、クリエイターと生成AIの中間を担い、「御用聞きの役割」(総合プロデューサーで慶應大学理工学部教授の栗原聡氏)を行う。生成AIの提案に、クリエイターが注文を繰り返し、その過程でブラッシュアップを図る。栗原氏は「プロのクリエイターが生成AIを道具の一つとして使うイメージ」と話した。
プロットは手塚眞氏、映画監督の林海象氏、脚本家の舘そらみ氏、手塚プロダクションの石渡正人氏と日高海氏、同プロの田中創氏と下枝咲彩氏による5チームに分かれ、コンペ方式で林監督案が採用された。各プロットはAIへの問いかけを発端に1話あたり70回以上の応答の末に完成したという。
眞氏は「脚本家に直しを依頼すると、数日かかり、確認するのに1日かかる場合があります。AIは即座に返ってくるので、親近感がわき、人格すら感じてしまうようでした。AIが感情的に返してくることもありました。良きパートナーとして一緒に仕事できるのが今後の理想」と語った。
採用された林監督は「AIがすごいものを出してきた」と思ったといい「ブラック・ジャックに『治せないものがあるのか』『機械になった場合も治せるのか』『治すのを受け入れるのか、拒否するのか』とたくさん質問しました。応答のキャッチボールが速い。過去作品になかった『機械の心臓』というタイトル、『Heartbeat MarkⅡ』というネーミングもAIが出しました。こんなストーリーにしちゃいけない、と怒られたこともあった」と振り返った。
新作に登場するゲストキャラクターも注文に応じたキャラ原案が多数提案され、選抜が行われた。眞氏は「原作はブラック・ジャックが主人公のものと、患者が主人公のものに分かれます。プロットでは主人公がブラック・ジャックなので、脇役にふさわしい顔つきを、僕自身が読者目線で選びました」と話した。眞氏が総監督のような立ち位置で、作品を完成に導いた。
吹き出しもAIが考案したが、長い説明口調となり課題は残ったという。例えばAIが提案した「心臓の機能が、一部変動しております。MarkⅡ内のシステムエラーかどうか、現段階では判断つきません」という吹き出しは、林監督が「MarkⅡの異変はいつからだ?」「数日前からです」と改良した。
生成AIは「出来事の面白さと意外性」「ストーリーの骨格」を生み出すのが得意で、「心情」「空気感」「間合い」が苦手だった。コマ割りではアングルなどで良案が一部採用されたが、基本的には人間の手で行った。作画は池原しげと氏ら複数の漫画家、手塚プロが担当した。
質問に即座に返答が寄せられるため、クリエイターがアイデアを膨らますなどの「道具」としては非常に有用であることは間違いないという。AIとヒトのコラボレーションで新作「ぱいどん」を生み出した「TEZUKA2020」から3年。眞氏は「前回は最初のプロットから使い物にならず、単語を抽出して何とかまとめ上げた。今回はちゃんとしたストーリーが提出され、いいか悪いかを判断していく。キャラクターづくりも、前回は8割使えなかったが、今回は8割が使えて選ぶ立場だった。すごい進化です。AIを使いこなすクリエイターになるには、という課題ができました」と語った。ストーリーの原案を短時間で次々提案される点から、ストーリーづくりに有用で眞氏個人としても「どんどん使っていくことになる」と語っていた。
5月のプロジェクト発足から半年で完成した新作読み切り「機械の心臓―Heartbeat MarkⅡ」。眞氏は「AIが根本を出さなかったら完成できていない。作家が集まっても堂々巡りだった」と意義を語るとともに「私たちがチームで頑張って何ヶ月もかけてやっと完成したんですけど、手塚治虫は1週間でやっていた。それがいかに天才だったか」と付け加えた。父の偉大さに改めて言及した。