ボブ・ディラン日本公演の「厳戒態勢」スマホの完全ロックで体感したこと 80代もストイックに新曲勝負

北村 泰介 北村 泰介
会場前に掲げられたボブ・ディラン日本公演の大型看板=東京・有明
会場前に掲げられたボブ・ディラン日本公演の大型看板=東京・有明

 米国のミュージシャン、ボブ・ディラン(81)の来日公演が東名阪で開催されている。2016年以来7年ぶり、ノーベル文学賞受賞後では初となる日本ツアーだが、今回、入場口で金属探知機によるボディーチェックや手荷物検査、携帯電話をロック付き専用ポーチに収納することが義務づけられるなどの〝厳戒態勢〟が敷かれている。会場の様子をリポートする一方、ディランが音楽活動の原点であるフォーク歌手・あがた森魚(74)に今公演で体感した思いを聞いた。

 4月6日、大阪から始まったディランの日本ツアーの5公演目(東京2公演目)となる12日の東京ガーデンシアターに足を運んだ。記者は2001年3月の大阪公演と14年4月の 東京公演を体験したが、ここまでの厳しいチェック態勢は今回が初めてだった。

 まずは携帯電話・スマートフォンを主催者が用意した「YONDR」と呼ばれるロック付きの専用ポーチに収納する作業があり、続いて金属探知機で全身チェック後、手荷物検査。日頃、常備しているノートパソコンとカメラは持ち込み禁止で、スタッフに預けることになった。この「YONDR」はグレーの本体上部に黒くて丸いプラスチック製の鍵がかかった状態でロックされ、退場時の解錠までは絶対に取り出せない。

 主催者側によると、こうした禁止事項の徹底は「アーティストの意向」という。確かに、ライブで事前に「撮影禁止」と告知してもスマホ等で撮影する行為は後を絶たない。撮影しなくても、時間が気になってスマホを開くと、たとえ一瞬であっても、数千人がいる観客席では蛍のように複数の光が点在することになる。

 そのことを考えると納得できる「徹底禁止」だったが、十数年来、携帯電話を時計代わりにしてきた記者は入場から開演までの約40分間、まず時間が分からないことに往生した。さらに、メールやLINEのチェックと返信、ネットニュースの確認といった、当たり前だった日常の行為ができない不便さをそのわずかな時間に痛感。いかに携帯電話(スマホ)に依存しているかが顕在化し、考えさせられる貴重な機会を「ディランの意向」によって与えられた。

 チケットも高価だ。最高値の「GOLD」が5万1000円、S席が2万6000円、A席が2万1000円。ちなみに、78年のディラン初来日公演ではS席が4500円、A席3000円というから、まさに「時代は変わる」。ただ、17年4月のポール・マッカートニー日本武道館公演がSS席10万円、S席8万円、A席6万円だったことを思えば、適正価格かとも納得しつつ、5万円超えのチケットを購入するほどの太っ腹はなく、2万6000円のS席を公演直前にネット購入した。

 その席は3階だった。開演後もステージは暗く、主役にスポットライトを当てることもない。本人の声はすれど、どこに鎮座しているのかもおぼつかない。目が慣れてステージ中央奥でキーボードを弾き語りしていることは認識できたが、表情が全くつかめない。小型双眼鏡を準備していたが、こちらも持ち込み禁止との事前通知によって断念。自分が置かれた状況を受け入れ、ただ、音楽にだけ耳を傾けること。制約だらけの環境は、ディランから課せられたミッションだと解釈した。

 公演は「サンキュー」以外、MCもほぼなく、20年リリースの最新アルバム「ラフ&ロウディ・ウェイズ」収録曲を中心に全17曲をノンストップで歌う1時間40分。この日、グレイトフル・デッドの曲「トラッキン」をキャリア初カバーしたことが海外でもニュースになったが、それもさらっと流して歌った。いちいち説明しない。最後にディランは5人のバンドメンバーと横一列に並んで無言のまま立ち尽くし、照明が完全に消えると闇の中に消えた。もちろん、アンコールという予定調和の演出もなかった。

 あがた森魚は今ツアー初日の大阪公演にいた。高校時代に衝撃を受けた曲がディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」。72年の大ヒット曲「赤色エレジー」などを収録した、昨年リリースの集大成的4枚組ベストアルバムCDのタイトルが「ボブ・ディランと玄米」だったように、かけがえのない存在だ。あがたは当サイトにコメントした。

 「今年、82歳か。かくしゃくとして、ともかく、今回初日の(大阪フェステイバルホールでの)ディランはダンディだった。今でも世界中をツアーしてるだけでも、尊敬に値する。その全体が、彼の現代へのストイックな問いかけとなっていて、胸を打つ。あがた森魚」

 デビューから61年、5月で82歳になるディラン。大阪、東京を経て、18日から名古屋・愛知県芸術劇場での3日連続公演を行う。15日間で11公演というタフな日程。往年のヒット曲を分かりやすいアレンジで陳列する〝懐メロ大会〟はあり得ない。傘寿を過ぎても新曲で勝負。「いま」にこだわる現役の音楽家がそこにいた。

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