当院には何組もの仲のいい老夫婦が来られ、仲良く診察室に入ってともに診察を受けて帰られます。今回取り上げる老夫婦も幸せに見える夫婦です。いつも一緒に入室して、一緒に退室されていました。しかし、奥様がある時からご主人を診察室から先に出すのです。何か言いたいことがあるのだろうと思い、話をしますが、血圧等体調のお話をして普通に退室されることが数回続きました。
ご主人には軽い認知症があり、日常生活において大きな問題はありませんが時々、保険証や銀行の通帳などを捨てるといった困ったことがありました。とはいえ、男前で仏像のような面持ちの温厚なご主人です。奥様は、ご主人の認知症を受け入れ、インスリンの面倒を見たり、血圧測定をして頂いたりと献身的に介護されていました。
その後、奥様は意を決したようで、夫婦の「秘密」を徐々に打ち明けます。実は、温厚に見えるご主人は夜になると“豹変”することがあり、命の危険を感じることもあるとお話をされました。
認知症の一症状であるけれども、命の危険があるようなら様々な対処をしなければなりません。暴力を振るうのであれば強制的に引き離すことを考えないといけませんが、奥様に暴力を振るってケガをさせている様子はありません。以前に虐待を受けている老人が来院されていましたが、身体中に痛々しい痣が多数あったことを思い出します。しかし、奥様にその兆候はないのです。
さらにしばらくして、ある時に、ご主人が診察室から出た途端に奥様が堰を切ったように私に訴えます。
「先生!もう主人は85歳ですよ!毎晩せめられて大変なんです」。涙ながらに大声で83歳のお婆さんが、小さな身体と丸くなった背中を震わせながら私に訴えます。最初は暴力か何かと思いましたが、しばらくして性行為であることが分かりました。
「普通は85才ならばフニャっとしてるでしょ!でもこんなに反り返っているんです」と、江頭2時50分さんのように具体的に勃起した性器を腕で表現して必死に自分の辛さを私に訴えてこられます。
ご主人が豹変して狂暴になる理由は、性交渉の拒絶にあったのです。お互いにいい年だから仲良く布団で寝るだけでいいのに、ご主人は勃起すると治まらないようで毎回受け入れるのが非常に辛い、とのことでした。認知症の方の異常性欲はよくあることですが、実際に伺うのは初めてで正直驚きました。奥様もこのような相談を誰にすることもできず、清水の舞台から飛び降りる心境でようやくされたのでしょう。積年の思いを話されたあとにようやく落ち着かれました。今は、漢方と眠剤を追加処方することによって経過を診ています。なんとかお互いにいい折り合いを見つけ出して、末永く仲良く過ごして頂きたいと心から願っています。
そんなエピソードがある一方、若年男性において勃起不全が時折見受けられます。2021年のアメリカの論文に、18~31歳の性的に活発な男性2,660人を用いて検討したデータがあります。性的に活動的な男性ではありますが、11.3%が軽度の勃起不全を報告し、2.9%が中等度から重度の勃起不全を報告しました。
うつ病などの精神疾患は勃起不全のかなりのリスクになるようです。カウンセリングやPDE5阻害薬の投与で治療をしていくのが標準的ですが、効果がない場合には、プロスタグランジンE1を直接、陰茎に注射したり、陰圧式勃起補助具を用いたりするケースもあります。それでもダメなようなら、プロステーシスという固い物質を陰茎に埋め込む手術もあるようですが、未知の部分も多い領域です。
認知症はあるにしても85歳になっても肉体的に“現役”の人もいれば、若年男性でも性的な不全に深い悩みを抱える 人もいます。人間のからだというのは、本当に千差万別で、なんとも不思議です。一年の終わりにそんなことが頭に浮かびました。