NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』44話「審判の日」の冒頭には、主人公・北条義時(小栗旬)と、白い犬が向き合う姿が映し出されました。この場面を見て「一体、これは何なんだ!?」と疑問に思った人も多いかもしれません。鎌倉幕府3代将軍の源実朝が暗殺されるのは、1219年1月のことですが、それより5カ月ほど前の1218年7月8日、義時は夢を見ます。その夢というのは、薬師十二神将(薬師如来の取巻き、または分身とされる12の神将)のなかの戌神(いぬがみ)が夢枕に立つというものでした。
戌神は義時に次のように告げたといいます。「今年の鶴岡八幡宮への参拝は何事もなく終わったが、来年の参拝のお供はしない方が良い」と(鎌倉時代後期の歴史書『吾妻鏡』)。夢から覚めた義時は、とても不思議な感覚に襲われたそうです。また、戌神の言うことが何のことかサッパリ分からなかったとのこと。しかし、義時としては長じてから薬師如来や十二神将を信仰してきたこともあり、また夢の告げがあったということで、更に信仰を深めたようですね。鎌倉・大倉郷の南の山に御堂を建立して、薬師如来像や十二神将像を安置することを思い立つのです。
義時の弟・北条時房や、北条泰時(義時の嫡男)は「源実朝様の参拝の儀式も行われ、御家人や民衆は、出費が嵩んでおります。そのようななか、御堂を建てるとは、民衆を大切にするとの精神に叶っておりません」と、義時の御堂建立を止めようとします。ところが、義時は「これは私の身の安全のための願いだ。だから、百姓を煩わせるようなことはない」と主張し、御堂建立を推進するのです。こうして、完成(同年12月)したのが、大倉新御堂(後の覚園寺)。新御堂には、運慶作の薬師如来像が置かれました。
さて、翌年1月27日夜、実朝の右大臣拝賀の儀式が、雪が降るなか、鶴岡八幡宮で行われますが、八幡宮の楼門に入る時に、義時の気分が悪くなります。よって、持っていた将軍の太刀を源仲章に託して、自宅に帰ってしまうのです(『吾妻鏡』)。義時が気分が悪くなったのが、戌刻(午後8時頃)。しかも、傍らにいた白い犬を見て、気分が悪くなったといいます。
義時が退出した後、惨劇は起こります。八幡宮別当(長官)・公暁とその一味が、実朝と源仲章を殺してしまうのです。仲章は、義時と間違われて殺されたのでした。仲章が殺された時、大倉新御堂に置かれていた戌神は、御堂の中から姿を消していたとのこと。戌神が、白い犬となって、義時の目の前に現れて、気分を悪くさせ、義時を危難から救ったということを『吾妻鏡』は伝えたいのでしょう。俄かには信じられない話ですが、義時と白い犬にはそうした縁があったのでした。