『ミッドナイトスワン』(2020年)で日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した内田英治監督。実は過去に映画を撮れなかった時期があり、友人の勧めから夏フェスに行くようになったそうです。そんな時、一本の動画と出会います。それは「愛知県警音楽隊によるフラッシュ・モブ」で、ショッピングモールに置いてあるドラムに腰を下ろした警察官が、突如、ドラムをたたき出し、やがて楽団が集まって演奏を行うというもの。それが『異動辞令は音楽隊!』の始まりだったのです。
主人公は、度を越した捜査をする中年鬼刑事・成瀬(阿部寛)。チームプレイが苦手で部下の坂本(磯村勇斗)も困惑する違法すれすれの捜査から、遂に音楽隊へ異動辞令が下されてしまいます。しかも小学生の頃に和太鼓をやっていたことからドラム担当に任命された成瀬は、そこでシングルマザーで交通課と音楽課を掛け持ちする来島(清野菜名)や様々な状況の警察官と出会うのです。
YouTube動画に触発されて書かれたプロットは5年前に生まれ、本格的に始動したのは3年前。そこからプロデューサーと共に千葉県警、長野県警を訪れ、シナリオハンティングを行い、主人公のイメージに合うとのことで阿部寛が主演に決まります。こうして内田英治流、スランプ脱却法を綴った脚本が本格始動したのですが、音楽映画を作るにあたっての壁である「演奏が出来る俳優」優先のキャスティングでは、脚本に合ったイメージ通りの俳優を見つけるのは困難。そこで阿部寛や清野菜名、高杉真宙など音楽課の俳優部は、撮影前から訓練を始め、阿部寛においては約3カ月前からドラムの猛特訓を始めたそう。
全員で合同練習するなど、意識が高まった状態で撮影はスタート。お陰で演奏シーンはリアリティある見せ場に。そんな中、成瀬の娘役にはギターを演奏できる俳優をというのでオーディションが開催され、新進女優、見上愛が決定。劇中、音色と共に見事なパフォーマンスを披露しています。
実は本作で注目すべき点は他にもあり、「時代に取り残された中年男の再生」に焦点を当てた物語であることです。55歳の主人公が抱える問題は一つではなく、コンプライアンスを意識した仕事における集団行動の難しさや歳の離れた部下との付き合い方に悩み、私生活ではアルツハイマーが発症し始めた母親の世話や娘との不仲に頭を抱える中で、子育てをしながら働く女性に対して会社が不寛容である現実を目の当たりにします。
もはや自分勝手に生きられない世代である50代。時代も仕事人間であることが男らしいと言われていた昭和から令和に変わり、熱血だけでは上手くいかない世の中になっています。そんな現代社会においては孤高であることよりも調和が信頼関係を育むことだと気づかされる本作は、生きづらさを抱えた中年達に贈る「意識改革」を描いた応援歌だったのです。