ウクライナ侵攻から半年も「第2フェーズに移っただけ」8年前の革命から撮影続けるスロバキア人監督

北村 泰介 北村 泰介
撮影中のユライ・ムラヴェツ監督(C)All4films, s.r.o, Punkchart films, s.r.o., RTVS Rozhlas a televízia Slovenska
撮影中のユライ・ムラヴェツ監督(C)All4films, s.r.o, Punkchart films, s.r.o., RTVS Rozhlas a televízia Slovenska

 ロシアのウクライナ侵攻から24日で半年を迎える。だが、現状は長く続く紛争の延長線上にあり、その月日の上での「区切り」は単なる通過点に過ぎない。そのことが貴重な映像と共に伝わるドキュメンタリー映画「ウクライナから平和を叫ぶ」のユライ・ムラヴェツJr.監督に話を聞いた。

 ムラヴェツ監督は2010年から旧ソ連の国を取材してきたスロバキア人写真家。15年にウクライナ入りし、ドネツク側とウクライナ側双方の肉声を記録した。ドネツク側では、戦場に参加した鉱夫と参加しなかった鉱夫、ウクライナ兵にスパイと間違えられて拘束された人、「プーチンに助けてほしい」と願う女性、ウクライナ側では、手榴弾で手足を失った退役軍人、老女、子供、ホームレスなど幅広い人たちの証言を網羅。現実に起きている紛争の本質が見えてくる、

 -現在のウクライナ侵攻以前の映像を記録した意義について。

 「今、ウクライナで起きている戦争は2022年に始まったものではなく、第2フェーズに移っただけです。戦争そのものは、8年前のウクライナのユーロマイダン革命でロシアがウクライナへの圧倒的だった影響力を失い、ウクライナが自由と民主主義へと舵を切ったところから始まっています。ロシアはすぐにクリミア半島併合という反応をし、その後、ウクライナ東部での戦いを始めました。今、ウクライナで起きている戦争をよく理解したいと思う場合はこの映画が映している過去を理解するところから始めるべきでしょう」

 -本作の映像では「曇天と水たまり」に象徴される「どんよりした空気」や極限状態にいる人々の「顔」が印象的でした。

 「ドンバスからはそのような印象を受けますね。スロバキアから向かった時も、ソ連時代のみすぼらしい場所にタイムスリップしたようでした。ですから、寂しい季節に撮影を行ったんです。主に冬ですね。その地域の鬱々とした雰囲気を捉えられるように。映画では観客に事実を、感情を通して伝えることに集中しました。感情の方が人はよく記憶しますし、事実より感情に人間はひかれますからね」

 -スロバキア人として現地の人たちをどう見たか。

 「スロバキア人として、ウクライナ人とロシア人のことは自国の過去の文脈から捉えています。スロバキアも旧ソ連圏の一部で、旧チェコスロバキア社会主義共和国でソ連の衛星国で、発言権は主にモスクワのクレムリンにありました。そのような同じ過去と、人類学的に共通点のあるスラブ人であるということを通して、彼らを自国の人々とほぼ同じように捉えています。違いはとても小さなものです。ただ。残念ながらウクライナは、89年以降、民主主義になりEUに加入したスロバキアほど幸運ではありませんでした。スロバキアはEUに加入してから生活水準が大きく上がり、現在では西側の先進国に近づいています。ですから、ウクライナの人々の、自国の運命を決めたいという欲求も理解できます。だからこそユーロマイダン革命が発生したのです。当時のヤヌコーヴィチ大統領が公約していたEUとの連合協定に署名するのではなく、プーチンとロシアとの親交を深めると発表した途端にこの革命が発生しました。ウクライナ人も豊かな生活をしたい、隣人である西側諸国のような生活を送りたいからです」

 -ロシア側とウクライナ側の双方から話を聞いた意図は。

 「15年に(親ロシア分離派による)分離共和国に入国することができました。というのも、分離共和国側が広報を必要としていたからで、この状況は映画制作者でドキュメンタリストの僕にとってとても興味深いものでした。それが、この争いをロシア側から撮った背景です。数年後、また訪ねて、同じ登場人物の元を訪れてその生活を撮ろうと思っていました。国が前に進んだのか、停滞しているのか、生活水準が分離共和国のできるより前、ウクライナの一部だった時に比べて大きく下がっていないか、数年の間にどんな変化があったのか…と、興味があったんですけど、翌年には西側やEUの記者は分離共和国への入国が禁止されていました。それでウクライナ側で撮影を続けることになり、結果的に、この争いの両側を撮影し、バランスが取れました」

 -ウクライナ侵攻から半年。今後の情勢をどう見るか。

 「個人的には悲観的に見ています。残念ながら、この戦争は長年に渡るのではないか、そして悪い結果になるのではないかと。それはウクライナ人にとってだけではありません、関係地域全体にとってです。ロシアにとってもマイナスに、経済的に疲弊すると思います。僕自身、(戦争の終わりは)ロシア軍が敗北し、国外に退去することで、そして14年以前の国境に戻ることではないかと思っています」

 本作は東京・渋谷のユーロスペースで公開中。9月9日から都内のアップリンク吉祥寺ほか、全国順次公開される。

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