居心地の良いトイレとは 砂浜、森や街中の提案 東京藝大生の体験と学びと実践 

山本 鋼平 山本 鋼平

 居心地の良いトイレってなんだろう。東京藝術大学デザイン科4年の染谷桃子さん(22)は、素朴な問い掛けに対する答えを卒業制作「旅するトイレ」に込めた。

 1月28日から2月2日まで東京・上野で開催された東京藝術大学の卒業・修了作品展。染谷さんは発泡スチロールのようなスタイロフォームで自作した洋式便器を街中、砂浜、森林、建物内などに運び撮影。印刷した写真に〝理想のトイレ〟のデザインを描き込んだ。東京都美術館には便器、撮影の様子とコンセプト、〝理想のトイレ〟を展示。来場者同士で感想を口にする情景に「私はインパクトの強さよりも、伝えたいことを説明して、発展するような作品を目指してきました。卒展では、これがステキだね、などとお客さんが話し合っているのを見て、私のデザインが発展しているように感じられてうれしかったです」と話した。

 昨年4月、普段から考え事などで活用していたトイレをテーマにすることを思いついた。「アートというよりも、研究という感じでした」。実際に各施設のトイレに通い思索を深めた。広さ、光、音、色と素材と心地良さの要素を定め「トイレはベッドとは違って、本体よりも周りの環境に左右される。ベッドはふかふかにしたりできるが、便器はそうそう形を変えられない。デザイナーは本体よりも環境を考えなくてはならないところが、面白いと思いました」。卒業制作にトイレを選ぶことを決めた。

 同年7月から11月にかけ、トイレを通常ではあり得ない場所に運んで撮影し、実際に腰掛けることで浮かんだアイデアを、デザインに生かした。二つに分割できるトイレをキャリーケースとリュックに詰め、ショルダーバッグにカメラや貴重品を入れ、都内では上野、深川、小石川、葛西、群馬県の草津をトイレとともに一人旅。「街中では子どもが集まってきたりして恥ずかしかった時がありました。砂浜や森の撮影ではキャリーケースは持ち上げないと運べなくて、虫も苦手なので大変でした。上野は『ああ藝大生だね』と受け入れてもらえて撮影しやすかったですね」と振り返った。12月には展示用に自身の制作模様を家族の手を借り撮影した。

 染谷さんは「私がそこに座って感じたことをデザインしました。例えば広い場所なら狭いトイレにしたり、大きさがちょうどいいなら窓を作ってより良くしようとしたり。景観に合うような素材で、前衛的すぎず効率だけを重視しないあんばいを考えました」と振り返った。森の中の道に設置されたトイレ作品では、小屋が前後のみを隠す。「道の左右は背丈の高い草が生えていたので、必要最小限で部屋の形をつくれたと思います。四角い建物よりは小屋の方が景観に合うと思いました」。上野公園広場ではドーム型トイレを提案。「周りがあまりにも広いと感じたので、狭く仕切って、タイル状の床の石材が面白かったので、同じ素材で地面と建物が一体になった形を考えました。石だと閉塞感があるので丸い窓から光を取り込めるようにしました。近未来的で広場のシンボルのような意味合いを持たせられたのでは」。砂浜のトイレはビーチパラソルの屋根が際立つ。「座った時に風と眺めが気持ち良かった。日差しが強かったらつらいなとも思いました。日差しを遮ることと、風と眺めを生かすことを考え、景観になじんで見た目も楽しいビーチパラソルを中心に置いて、ガラスのビーズを付けた糸を垂らして完全には仕切らない壁をつくりました」と語った。

 染谷さんは東京学芸大付高2年の冬に藝大受験を決意。オーケストラ部ではパンフレットや看板づくりが得意だったが専門的な美術知識はなかった。高3の1年間、美術予備校に通い、デザイン科に合格。入学後は2019年「旅するカバン」展への出展、20年は「アフターコロナのユートピア展 」のディレクターを担当。学習塾の外装デザインを担当したこともあった。学生生活を「最初はオシャレなもの、センスのいいものを提供することがデザイナーの仕事だと思っていましたが、今は人の体験を考えることを大切にするようになりました。デザインの意図が伝わって、そのデザインを通じて、人々の暮らしがより豊かになることを意識しています」と総括した。自身の体験から発展した「旅するトイレ」を集大成に卒業し、4月からは大手ゼネコン会社に就職する。インテリア設計の仕事で、学び体験したことを生かしていく。

展示会の模様やスケッチ画像はコチラ

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