日本各地の民俗資料から収集した怪異・妖怪の事例3万5414件をまとめた「怪異・妖怪伝承データベース」が今年、公開20周年を迎える。監修した国際日本文化研究センターの名誉教授・小松和彦氏は妖怪研究の第一人者。かつては「そんな研究していたら出世できないよ」などと笑われたこともあったが、高畑勲さんや京極夏彦氏ら創作者と並走しながら、妖怪文化を支えてきた。
「―伝承データベース」は各地方の民俗雑誌や県誌などから妖怪や怪異に関する情報をまとめたWebサイト。2002年に一般公開されると大注目を集め、アクセス殺到でサーバーダウンしたこともあった。「(当時、研究を助成していた)文部科学省の方にまで『おたくで作ったデータベースはどこにあるんだ』と問い合わせがあったみたいで大騒ぎになったんです」。小学生の自由研究や漫画家、アニメ作家などにも利用されていたという。
妖怪の画像を検索できる「怪異・妖怪画像データベース」(2010年公開)も制作した。構築時には妖怪画を所蔵する博物館や美術館から「貴重品なので見せられない」などと収録を断られ、独自に資料を買い集めた。
当時、妖怪に関する絵は一般的に重要な資料として扱われていなかったため、古本屋や古美術店で安く手に入るものもあったという。「その中には僕からすればびっくりするほど貴重な妖怪資料もありました」と小松教授は話し、「ただし、これには問題があって、私たちの研究所が集めていると、値段が上がってくるんです(笑)。集め始めた時と一桁違うんじゃない?というくらいに上がってしまったんです」と懐かしんだ。
大衆文化の研究はその性質から、研究を享受し新しい文化を生み出す作者の存在が近くにあった。小松教授は、高畑勲さんが監督したアニメ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」について、古典的な資料の中で「ドジで笑われる」「音を出すのが得意」「戦闘的」と描写されるタヌキを「高畑さん流に作り直しながら新しい妖怪にしている」と説明。水木しげるさんについては「各地の民間伝承を使って、(口頭伝承のため)絵になっていないものさえも想像力で次から次へと絵にした」と回顧した。
「今までは華道や能など高級な文化ばかりが日本文化と言われてきた。でも私たち庶民が子どもの頃から享受してきたのは大衆文化なんです」。庶民の歴史を考える上で大衆文化への注目が欠かせないとして、妖怪文化を学術的に研究してきた。「学問に値しない」などと逆風を受けながらも道を切り開いた”異端児”は「大変だったけども、排除はされなかった。普通だったと思いますよ」と、ひょうひょうと振り返った。
データベース公開からの20年間は「妖怪文化が多くの人に知られ、多くの人たちが刺激され新たな妖怪文化を作ってきた」という。新たな大衆文化が生まれると、それが研究の対象になり、研究が創作者に活用される。「私たちは京極さんとか荒俣(宏)さんとか高畑さんとか、大衆文化の実作者たちと非常に近い関係にある」と話し、「お互いに知らないうちに支え合って、現代の妖怪文化の人気を作ってきたと思う」と自負を語った。