「類人猿オリバー君来日」「国際ネッシー探検隊」「モハメド・アリVSアントニオ猪木」…。1970年代に常識破りの企画を仕掛けた伝説のプロデューサー・康(こう)芳夫は84歳の現在も、「永遠のテーマ」と語る奇書『家畜人ヤプー』の全権代理人としてイベント開催やYouTube番組の配信などで活動している。康は、よろず~ニュースの取材に対し、同作の背景や正体不明の覆面作家などについて激白。康を支える若いスタッフたちの思いも聞いた。(文中敬称略)
家畜人ヤプーとは、奇想天外なSFやSMの要素と共に、タブーに切り込んだ内容から社会現象になったベストセラー長編小説だ。1956年に雑誌「奇譚クラブ」で連載を開始し、69年に作家・三島由紀夫の推薦を受け、康が製作を務めた雑誌「血と薔薇」第4号に掲載後、70年に都市出版社より出版。石ノ森章太郎や江川達也らによってコミック化もされた。角川書店などを経て、現在は幻冬舎から出版されている文庫本(全5巻)や電子書籍などで読むことができる。
康は出版当時を振り返った。
「作品に天照大神がアンナ・テラスという名で登場したり、皇室の描写などから、出版1年後に右翼に襲われた。大手メディアで報じられて本も売れたので、僕のヤラセじゃないかと一部で言われたが、それは全く違う。『康さん、この作品はすごいよ。だまされたと思って読んでみて』と興奮気味に勧めてくれた三島由紀夫さんも右翼に脅かされた。それでも彼は『傑作だから僕は推薦してるんだ』と屈せず、事態は収束した。彼が事件を起こした時(70年11月25日の自決)、僕はモハメド・アリとの契約でマイアミにいて、最初は冗談かと思ったが、現地の新聞でも一面で報じられ、東京に電話したら大騒動になっていた。ヤプーにとって三島さんは最初の推薦者。本になる前から奇譚クラブの連載を切り貼りして持っていたほどで、非常に感謝しています」
主人公の日本人留学生がドイツ人女性の婚約者と共に円盤で未来の人種差別世界に連れていかれ、家畜人として数奇な経験を重ねてゆく物語。人種問題を根底に据えたテーマ性、広範な知識に裏付けられた世界観がある。作者としてクレジットされている「沼正三」は正体不明の覆面作家。有名作家、大手出版社の校正担当者、裁判官らの名が上がったが、その正体はまだ公にはなっていない。康は「複数人物によるコラボ」と説明する。
「沼正三は数名いる。自ら名乗りを上げた出版社の校正係A氏はコラボレーションの代表者と考えてもらえばいいし、東京高裁の判事は『沼正三』なる人物を構成する上で重要な役割を果たした1人ではあるが、イコール沼ではない。5人ほどいる中、90歳近くでご健在の方もいらして、その方の社会的名誉のため明らかにはできない。全権代理人の僕に何かあった時には、託している弁護士が真相を明らかにします」
「昭和元禄」と称された時代、都内の新宿御苑近くにあった会員制サロン「家畜人ヤプー倶楽部」でその世界観が再現された。康と縁のあるプロ野球のスター選手がオーナーだったビル内のサロン。著名な作家や芸能人も通ったが、短期間で消滅した。その精神を引き継いだイベントが令和によみがえった。
今年11月には「家畜人集会 家畜人ヤプー朗読会」と題し、元「たま」の石川浩司、芸人・鳥肌実など、ミュージシャンや舞台女優らを交えて開催。主催した各種企画制作会社「ペルソナシート」の佐藤賢治代表は「康さんをカルチャーとしてバックアップし、いずれは康さんの人生を演劇として舞台化したい」と思いを語る。
YouTubeチャンネル「康芳夫×虚霧回路」も今年5月から無料配信を始め、同イベントにも出演したバンド「アーバンギャルド」の松永天馬が初回に登場。時代の先端を走った80年代に結成したバンドが「ヤプーズ」という、「家畜人~」とは縁の深い歌手・戸川純も出演予定だ。
進行アシスタントを務める平成生まれのライター・ツマミ具依は「発想力、企画力、人脈…。ルールがない時代に自分で作り上げていく力に驚き、価値観が一新させられる。解放感や勢いのあった時代の文化を若い世代が知らないのはもったいない。私は90年生まれで、康さんの時代を知らないからこそ、もっと知りたい。『温故知新』のツールとしてYouTubeで広がっていければ」と話す。
康は「家畜人ヤプーは永遠のテーマ。永遠の生命を持っていて、まだ売れていますから。フランス語訳や中国語訳も出て海外でも注目されている」と自信を示す。かつて日本中を沸かせた希代の興行師にとって、出版プロデュースした同作は半世紀を超えたライフワークになっている。
【康芳夫オフィシャルHP】
https://yapou.club/
【YouTubeチャンネル「康芳夫×虚霧回路」】
https://www.youtube.com/channel/UCazxg9YeaTxvkWZaGUO98Hg